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3 街での買い出し

 今日は仕事で街へ出た。職場で使う備品を購入する為だ。  いっしょに行ってくれたのは、隣の隣の机のレアルさんだ。  レアルさんはウサギ系の獣人で、白金の美しい長髪をしている。ふちなしの眼鏡をかけた美人さんで、だけど男性だ。俺より5つくらい年上だと思う。出張所では「魔力環境研究員」という仕事をしていて、いつも白衣を着ている。 「君はニンゲンなんだよね」  出張所を出て、商店街への歩道を肩を並べて歩きながら、レアルさんがそう聞いてきた。  レアルさんは普段から白衣がとても良く似合っているけれど、出張所の外へ出るときにも白衣のままだとは意外だった。似合っているからいいけれど。レアルさんは俺より背が高くて、モデルさんのようにスマートだ。 「そうですよ」 「僕は人間って、どうも信用できないんだよね」  レアルさんは前を向いたまま、指先だけでふちなし眼鏡の位置を直した。  レアルさんは「人間」のことがあまり好きではないのかもしれない。ちょっと前にも、『僕は昔人間にだまされて紫色の豆を食べたことがあるけれど、あんな不味いモノは食い物じゃない』と喋っているのを聞いてしまった。  獣人のなかには、人間に敵対心を抱く者がいると聞く。  ずっと昔の、王国と獣人国が争い合っていた時のなごりだろうと云われている。「人間は計算高くて狡賢い」という先入観は、はるかむかしに消え去りました、と初等科の時の教科書では習ったのだけど。  紫豆は王国ではとてもメジャーな食べ物だ。身体に良くて、よく和え物やサラダに入っている。だけどちょっと苦みがあるから、俺もあまり好きではない。  出張所にいる時は、そういえばレアルさんは滅多に俺のそばへ寄って来ない。異動してきてからのこの2か月で喋ったこともほとんどない。  今日は所長さんの命令で2人で買い出しに行くことになったのだけど、もしかしたら俺と一緒は嫌なのかもしれない。 「それに人間には耳がないよね。それって生き物としてどうかと思うよ」  横目で見ながら言ってくるので、 「ありますよ。ほらここに」  俺は両方の耳をつまんでみせた。レアルさんはちらりと俺の耳を見て首を振る。 「それは耳じゃなくて、聴覚器官でしょ」    レアルさんのような立派な耳にくらべたら、俺のはたしかにただの聴覚器官だ。  街を行き交う人々もみな、大小様々、色様々な、華やかな耳を頭の上に持っている。帽子をかぶっている人も、ぴょこりと耳だけ出している。 「いいなあ。みんな耳があって」  俺はクローゼットの中にしまってあるおもちゃのネコ耳が恋しくなった。この前クタさんからもらったやつだ。ちょっと装着して見せたら、ラグレイドが興奮気味に褒めてくれて大変だった。・・・・あれを着けてくるんだったかなあ。 「いや。そんなに気を落とさなくてもいいと思うよ。君のそのちっちゃいのも、よく見れば似合っているし」 「だけどちっともモフモフしてない」  おなじみの自分の耳が、とてもつまらないモノに思えた。毛が生えていないしヘンな形だ。 「いや、でも。手入れが簡単そうじゃないか」  俺があんまりため息を吐いて嘆くから、気の毒にでも思ったのだろう。レアルさんは逆に慰めるようなことを言ってくれた。  四半刻ほど街を歩くと、様々な店が並ぶ商店街の中心部に辿り着いた。  文具を売る専門店は、甘味屋さんの隣にあった。鼻腔をくすぐる甘い匂いを横目に見ながら、文具店のドアを開けた。  2人で買い物メモを見ながら、必要なものを買い物かごへ入れてゆく。  レアルさんは買い出し仕事に慣れているらしく、いろいろと詳しかった。 「こっちの方が書きやすい紙だ。ほら触った時の音が柔らかい。インクはこっちのほうが新鮮だな。音がちがう」   レアルさんは無数に並ぶ同じような商品の中から、一番良いものを選び出してゆく。俺が気付かない、気にしないようなことにも気が付いて、的確に判断している。  買い物は無事に終えることができた。俺たちは買った品物をふたつの紙袋に分け入れて、それぞれで抱えて持つことにした。 「レアルさんの耳は本当に良い耳なんですね」  文具店を出ながら、あらためて尊敬の念でもふもふの長い耳を見てしまう。物の良し悪しを見分けることができるのだから、レアルさんの耳はかなりの優れた耳だと思う。  ウサギ獣人の青年は、店の外に出るとちょっと立ち止まり、指先で眼鏡の位置をクイっと直した。そうして、 「なにか甘いものでも買って行こう。僕がおごるよ」  と言ってくれた。  クリームやシロップ漬けのフルーツを、薄い小麦粉生地で巻いたおやつを買ってもらった。  店の前のベンチに座って2人で食べる。濃厚なクリームとやさしいフルーツの甘味が口の中でまざり合う。奥に入ってるペースト状の塊りのものも美味しかった。甘さだけでなくほんのりと塩気があって食べごたえがある。 「これおいしいです。こんな食べ方があるんですね」  疲れた身体が元気になりそうだ。 「それはあんこだよ」 「あんこ」  何かの実を甘く煮て潰したもの、というざっくりとした説明をしてくれる。  パラソルのおかげで木陰になったベンチには、ときおりそよそよと心地よい風が通り抜ける。平日の昼下がりの商店街は、主婦や親子づれのすがたが目立つ。のどかだなあ。 「こっちの生活にはもう慣れたのか?」  生地とフルーツとあんこを、器用に同時にかじりながらレアルさんが聞いてくる。 「はい、慣れました。同室者のおかげです」  俺は生地のすきまからクリームやフルーツがこぼれそうになって、さっきから焦りながら食べている。 「君、あまり悩みがなさそうだね」 「そうでもないですよ。同室者がいない日は困っています」  昨日の夜もラグレイドは夜警だった。俺はラグレイドのシャツを借りて寝たけれど、やっぱりあまり眠れなかった。途中からはとても寒くなって、毛布をもう一枚引っ張り出して寝た。 「ふうん」  レアルさんは興味なさそうに頷いて、それからまた指先でクイと眼鏡を押し上げた。そうして、「ああいうのはどうだろう。役に立つんじゃないか?」と道の向かいに立つ賑やかな店先を視線で指した。 「ああいうの?」  道の向かいはおもちゃ屋だった。  おもちゃ屋さんに、ラグレイドがいない夜に役立つ物があるのだろうか。 「君、いまエッチな想像をしていないだろうね?!」  レアルさんはなぜか急に焦ったように赤面しだした。 「僕が言うのはほら、あの縫いぐるみとかのことだからねっ」  店のすみには、動物をかたどった可愛らしい布製のおもちゃが飾られている。  縫いぐるみを抱いて寝ると温かいし寂しさもまぎれるだろう、ということらしい。縫いぐるみにそんな効果があろうとは、俺は思い付きもしなかった。 「君みたいな淋しがりにはぴったりだろうよ」   眼鏡をクイクイ押し上げながら、こぼれかけたクリームをあわてて口に含んでいる。  レアルさんは思ったよりもずっといい人だなあと思った。

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