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6 トマプは好きか
「ラグレイド副隊長の同室者の方ですよね?」
仕事帰りの道の途中で、突然3,4人の知らない騎士に行く手を塞がれた。
よく見ると騎士服にラグレイドと同じ色のピンを着けているから、ラグレイドと同じ部隊に所属する騎士たちなのかもしれない。みんな若そうだ。
「そ、そうですが......、」
若いとはいえ騎士は騎士だ。みな背が高くて体格が良い。こうして囲まれると少々たじろいでしまう。それぞれにオレンジ色や茶色の耳を持っているが、何獣人なのかまでは分らない。
「これ、どうぞ。お二人で食べてください。昨日親から送られてきたお土産です」
赤毛の騎士が包装紙に包まれた箱をさし出してきた。俺はそれを勢いに気圧されるようにして受け取った。中身はお菓子か何かだろうか。
「あの、俺達あなたに感謝してます」
他の騎士がずいと前に出てきて言う。
「あの鬼の副隊長があなたと一緒になってからすこし優しくなったから」「居残りや懲罰も減ったし」「無茶なしごきもちょっとは減った」「なにか特別な魔法でも使ったんですか?」
騎士たちに一斉に押し気味にそう言われて、俺は慌てて首を振った。
「い、いえ。俺は特には、何も、」
本当に何もしていないし、俺は魔法も使えない。
「可愛いからだろう」一人の騎士がそう言って、俺の顔を覗き込んでくる。
「髪もさらさらだし」
「案外細そうだ」
勢いついでに髪を撫でられたり、肩に触れられたりする。俺はちょっと怖いというか、不安になった。
男前で屈強な獣人騎士であるラグレイドにくらべて、俺はしごく平凡で地味なただの人間だ。釣り合わない、などと言われてしまったらどうしよう。
「この前も副隊長、あんなに苦手だったトマプを食べる練習をしていて。たぶんあなたの好みに合わせるためだよな」
「え、」
俺は思わず固まって、そのまま騎士らの顔を見た。
俺は今日も畑仕事を手伝って、お礼にと取れたてのトマプを沢山もらってきていた。最近は毎日トマプが良く採れるから、トマプばかりを持ち帰っている。
「......ラグレイドは、トマプが、嫌い......?」
おい、余計なことを言ったんじゃないか? なんか考え込んでいるみたいだぞ。もうそろそろ戻ったほうが良さそうじゃないか?
騎士らは俺になにか声を掛けながら、そそくさと騎士団施設の方へ引き返して行く。
ラグレイドは今日は非番の日のはずだ。
たぶん今は部屋で夕飯の準備をしながら待っていてくれる。
俺は途中で公園に立ち寄り、ベンチに座って今日もらったプチトマプを全部口に放り込んだ。そうして咀嚼し全部飲み込んでから家路についた。
「おや、今日はトマプは?」
エプロンで手を拭きながら穏やかに出迎えてくれたラグレイドは、俺が珍しく野菜を持たずに帰って来たことに気付いたようだった。
「今日は、少ししかなかったから、食べてきちゃった」
「そうか」
騎士はすこしほっとしたような表情をする。気のせいかもしれないが、そう思えた。
「ラグ、」
気が付けば俺は黒豹獣人の両腕を掴んで、その瞳を真っ直ぐに睨み見上げていた。
「トマプが嫌いなら嫌いって、はっきり言ってくれっ」
ラグレイドは驚いたように俺を見つめた。
「俺のために無理をしたり我慢をしたりしないでくれ!」
「嫌いじゃない」
「え?」
「嫌いだったけど、シオと食べるトマプは本当に美味しかった。シオがいない時に食べるのは、まだ苦手だが」
そうして、ゆっくりと俺を大きな胸の中に抱き込んでくる。
なんだ。嫌いだったけど、嫌いじゃなくなったっていうことか。
俺はちょっとだけ気が抜けてしまって、ラグレイドの胸に頬を預けて力を抜いた。
たしかにラグレイドは俺の持ち帰るトマプをいつも美味しそうに食べていた。
大事に世話をした畑でおいしく実ったトマプだから、トマプ嫌いな人でも好きにさせてしまう力があるのかもしれない。
それに俺だって、本当はピーマソがあまり好きではなかったけれど、ラグレイドが料理してくれるピーマソならば美味しくていくらでも食べられる。それと同じ事かもしれない。
「シオ、誰かに何かを言われたのか?」
低い声音が俺の耳朶を優しく震わせる。
言われたけれど......、それを言ったら不味い気がする。あの若い騎士たちに鉄槌が下ってしまったりはしないだろうか。だってラグレイドは騎士団の中では「鬼」と呼ばれる副隊長で、騎士にはとても厳しいようだから。
「誰にも何もされなかったか?」
艶やかに目を眇め、俺の髪や頬にふれてくる大きな指先。
「べ、別に、なにも」
髪や肩にほんのちょっと触られたりはしたけれど、あんなのは挨拶みたいなものだったし。
「この箱は?」
「あっ、お土産もらったんだよ。赤毛の若い騎士達から。他にも3人くらいいてさ、食べて下さいって」
そうだお土産をもらったんだった。中身のお菓子はどんなだろう。ちょっと気になっていたんだった。
ラグレイドと一緒に箱を開けると、中身はドライフルーツをふんだんに練り込んだシフォンケーキだった。
「わぁ、美味しそう。今日のデザートにちょうどいいね」
「そうだな」
「お礼を言わないと」
もしかしたらお礼を言いそびれていたかもしれない。
「そうだな」
4人ぐらいでつるんでいる若い奴らだな、俺から礼を言っておこう。ラグレイドは穏やかにそう言ってひとつ頷いた。
良かった。
俺はどっと疲れが出て、窓際のソファに座り込んだ。ラグレイドと喧嘩になってしまわなくて本当に良かった。
そうして、味わうことなく急いで食べてしまったトマプたちに申し訳なく思った。そんなことならばちゃんと持って帰って、ゆっくり食べればよかったな。
ラグレイドは夕飯の準備に戻っている。手際良く炒め物をし、絶妙なさじ加減で調味料を混ぜてゆく。
きっと最初にトマプを見せた時、俺があんまり嬉しそうにするから好きではないと言い辛かったんじゃないのかな。
料理をする広い背中に抱きつきたい気分になってくる。ラグレイドはすごく優しい。俺にとっては全然「鬼」なんかじゃない。
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