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7 シナモンの味

 その夜のデザートに、さっそく騎士らからもらったシフォンケーキを食べた。  ラグレイドと半分こして、紅茶と一緒に食べたんだけど。 「あれ、......この味、」  ちょっと懐かしい味がした。  卵とバターとミルクと、そうだ、ほんのちょっとだけシナモンの香り。  王都でもシナモンの風味のシフォンケーキは流行っていた。たっぷりのクリームをのっけて食べるのだ。  あまり流行に敏感ではない俺だけど、シナモンのケーキは美味しくて何度か食べたことがあった。だけどケーキ屋で買う美味しいケーキは値段が高くて、そうそう頻繁には食べられない。何かのご褒美の時に、お金を溜めてやっとこさ買に行っていた。 「懐かしい」  王都にいた頃の俺は、思えばとても孤独だった。  一応Ωだったから、他人と深く関わることを禁止されていた。宿舎と仕事場を往復するだけの生活で、たいした楽しみも持たなかった。  シフォンケーキを口に入れると、部屋でたった一人、自分の為のケーキを食べる孤独な夕暮れの情景が目蓋に浮かぶ。  もちろん俺は、王都で全くの孤独だったわけじゃない。少しならば職場に同じΩの友人がいたし、田舎に帰れば家族もいた。たまに帰省すればご馳走を用意して歓迎してくれる。実家は姉が継いでいて、甥や姪が生まれているから賑やかだ。長年俺が使っていた机は、今ではすっかり甥の勉強机となっている。  あれからしばらく会っていないけど、みんな元気でいるのかな。 「シオ」  いきなり背後から抱き込まれて、俺はびっくりしてフォークをテーブルに落としてしまった。 「なに? どうしたの?」  ラグレイドは強く俺に抱きついて、首筋に鼻を埋めたまま顔を上げない。 「......故郷のことを思い出していたのだろう」 「うん、そうだよ。このシフォンケーキと似た味のケーキを向こうでよく食べていたから、懐かしくて」  するとラグレイドは今度は俺の横に回って床に跪き、俺の椅子の向きを変えて、真正面から俺を見上げる。 「帰りたいなんて言わないでくれ」 「え、」  切実に祈る瞳がそこにあった。 「もうしばらく、いや、このままずっと......」  そうして俺を椅子から引き剥がすようにして抱き寄せて、ぎゅうと離さない。  ラグレイドの強い鼓動が、少し高い体熱と共に伝わってくる。  俺はまだシフォンケーキを食べている途中だったけれど、シフォンケーキよりもラグレイドのハグの方がずっと甘くてしあわせな気持ちになれるから好きだと思った。 「帰らないよ」  俺はラグレイドの分厚い胸板に目蓋を擦り寄せ、動かせる範囲で精いっぱいラグレイドの身体を抱き返した。 「俺はここに居るのが好きだし、獣人地区にいるとすごく楽しいし」  それまで不安定に揺れていた黒豹尻尾が、俺の足元を包み込むようにして静かになった。  苦しいほどに締め付けていた腕が少し緩んで、大きな手のひらがまるで存在を確かめるかのように、俺の背中や髪をぎこちなく撫でる。俺も黒豹青年の背中や黒髪をいっぱい撫でた。  俺はラグレイドと一緒にいたい。  互いの唇が吸い寄せられるようにしてソフトに重なり合って、シナモンの味のキスは優しく甘くいつまでも続いた。  ラグレイドに触れているととても温かくて癒される。孤独だったころの自分はこんなぬくもりを知らずにいた。あの頃は寂しさに慣れ過ぎていて、自分が孤独だということにさえ気付かないでいた。 「ラグ......」  唇を重ねながら求めるままに名前を呼んだら、肉厚な舌が深く入り込んで口内をいっぱいに満たされた。たどたどしく舌を絡めれば魔力の熱が俺を包んで、心地よさに泣いてしまいそうだった。  【シオの書いた報告書】 『獣人地区は比較的気候が穏やかで、野菜などの植物の育成も良好です。人々の生活はとても豊かで安定している様子です。自分は獣人地区では珍しいただの人間ですが、特に困ることなく暮らしています。獣人はみな優しくて寛容です。  ところで緑豆ですが、茹でてつぶして砂糖と塩と茹で汁を少々加えてよくまぜると、あんこのようにおいしくなります。これはあんこではなく「ずんだ」と言うそうです。大変おすすめです。』

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