夜のベッドにもぐり込むとすぐにラグレイドが心地の良い力加減で抱きすくめてくる。そうして啄ばむような優しいキスが何度も何度も降ってくる。 　薄暗い寝室の中で、覆いかぶさってくる獣人の微かな肌の匂いにうっとりとする。 　髪を梳き、そうして肩に触れてくる大きな手のひら。俺のことをまるで大事な宝物であるかのように見つめてくる真摯な眼差し。 　俺はすぐに気持ちが良くなってしまう。ラグレイドの逞しい身体の重みやぬくもりを濃厚に感じると、いつの間にかリラックスしてさらなる熱を求めたくなる。 　夜着の胸元がそっとはだけられた。 　スースーして心もとない素肌に痛いほどの視線を感じる。 　喉元や首筋に熱の籠った吐息が近付いて、音を立ててキスをされた。続いてぬるりと温かい感触。 「ッ......、......っ」 　舌が這ったのかもしれない。 　くすぐったさと甘く痺れるような感触に思わず身を竦めると、ラグレイドの大きな手のひらが俺の腕をさするようにしてやんわりと押さえ込んでくる。 　唇の柔らかな接触が鎖骨のほうまで降りてくる。ラグレイドの黒髪が肌をくすぐる。艶やかな獣耳が顎を掠めて、俺は声を殺して呼吸を喘がせた。 　堪らない甘い雰囲気。思わず呑まれそうになる......。 　......ハッと我に返って、俺は分厚い胸に両腕を突っ張った。 「ラ、ラグ、待った！　待った待った！　俺、明日も忙しいからっ」 「......昨日も同じことを言っていた」 「うん。毎日忙しいんだ！　俺、早く寝ないといけないっ」 　俺はなんとか獣人の身体からわずかな距離を取ると、布団でわが身をガードした。 「もう少しだけ、触りたい」 「うん、とりあえず今夜はパスだよ、おやすみっ」 　名残惜しそうに見つめる瞳を振り切って、俺は寝返りを打ち布団を頭まで被って縮こまった。 　......おやすみ。 　ラグレイドが布団の上から静かにキスをする気配。 　俺はぎゅっと目を瞑り眠ったふりをした。 　俺は最近悩んでいる。 　体の悩みだ。 　なんというか、最近微妙に身体がおかしいのだ。 　あまり詳細には言わないでおくが、とにかく変なので気を付けている。 「シオ、」 　朝のいってらっしゃいの時間だって気は抜けない。 　朝食後の身支度を済ませ、男らしい獣人騎士の出で立ちとなったラグレイドが俺に逞しい手を差し伸べてくる。 　俺はそっとラグレイドの身体に近付いた。 「行ってらっしゃい」 　軽いキスをするつもりだったのに。 　ラグレイドは俺の身体を素早く両腕で抱き留めると、濃厚な口付けを仕掛けてきた。 　熱い舌が俺の舌を弄ぶかのように舐めまわす。身体同士はすき間なくぴたりと密着し、嫌でも相手の体の輪郭や匂いや熱を感じさせられる。 　逃げようとしても捕まった身体はびくとも動かない。手のひらが俺の腰や臀部をなぞるように撫でまわした。 「ん......ッ、ちょ......っ、俺、トイレ......っ！」 　俺は必死に身を捩って腕の中から抜け出すと、急いでトイレへとダッシュした。 「漏れちゃうよう！　じゃあねラグ、行ってらっしゃーいっ」 　呆然と立ち尽くす騎士に手を振って、俺はトイレのドアをバタンッと閉めた。 　分かっている。 　ちょっとラグレイドに申し訳ないことをしているのだと、分っている。 　だけど体の不調（？）なのだから仕方がない。一時的なものかもしれないから、ちょっとの間我慢していてもらいたい。ラグレイドは穏やかで大人な騎士なのだから、ちょっとぐらいのお預けなどきっと辛抱してくれるだろう。 　と、思っていたのだが。 「シオ、ちょっと話がある」 　その日の夕飯も美味しくて、俺は夢中になって頬張って最後のお茶まで美味しくいただいていたら、どこか憂いをにじませる表情をしたラグレイドにそう切り出された。 　......もしかして、俺の態度が最近つれないからそのことに関する話だろうか。 　どうしよう。あまり詳しく説明したら呆れられたりしそうで、できればこの悩みのことは話したくないんだけれど......。 「俺のことが嫌いになったのであれば、仕方のない事だと理解している。シオの今後の為にもきちんとした対応を取るべきだろうし、寝室を別にするなり同室を解除するなり、正式な手続きをするべきだろうと考えている」 　覇気の無い精彩を欠いた声で淡々と、黒豹獣人はそんなふうに言葉を紡いだ。 「え」 　ガチャンとお茶のカップを揺らして、俺は思わず立ち上がっていた。 「え、なんで？　いやだ、」 　テーブルを廻り込み、ラグレイドの腰掛ける椅子へと駆け寄って、思わずその身体にすがりついていた。 「イヤだっ、嫌いじゃないっ。ラグレイドのこと、嫌いじゃないっ！」 　ラグレイドは眉尻を下げ、切なげな眼差しで俺の髪にそっと触れた。 「だけどシオは最近俺との接触を避けているだろう？　俺のことが嫌になったからではないのか？」 　幼子を相手にするようなやさしい口調で尋ねられて、俺はちょっとだけ視線を落とした。 　たしかに最近スキンシップを避けている。だけどこれには事情があるんだ。 　やはり、事情を説明しない訳にはいかないだろうか。 「............笑わない？」 「？」 「俺が理由を言っても、笑ったり呆れたりしない？　誰にも言わない？」 「決して笑わないし口外しない。神に誓って真剣に聞こう」 　真っ直ぐな瞳で真剣に見つめられて、俺は泣きそうな気分で口を開いた。 「あ、あの、......あのね、俺、......、」