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21 平和的交流

「ところで、あんことずんだはどこだろう?!」  会場で、さんざんいろんな料理を口にし、お酒も飲み、獣人たちの楽団による演奏もしっかりと楽しんだはずの王国外務管理局長の口から、突然そんなセリフが飛び出してきて、獣人はみんな慌てた。 「実はあんことずんだを口にするのが今回最大の楽しみで」  あんことずんだを是非食べたいのだと、管理局長は屈託のない笑顔でのたまう。  あんこもずんだも、準備したメニューの中にはなかった。  なぜなら、「あんこ」も「ずんだ」も、田舎の菓子の代表格だからだ。どちらもお年寄りが好んで食べるような地味な菓子で、このような華やかな席では普通出されない。  だいたい、どんな料理も会場に無ければ無いのであるが、もしかして、無理を通してでも持って来いと、そういうことなのだろうか?  外務管理局長は、元来しごく生真面目な人物である。  表情や喋り方は硬く、髪形には乱れがない。眉間には幾本か縦皺があり、周囲からは尊敬と、若干の警戒をされている。裏で何を考えているか分からない、本心をあらわさない人物、そんな風に思われている。実は攻撃魔力保有者でもある。以前に比べ魔力が落ちてきているという噂もあるが。  それが今、獣人地区騎士団施設内でのもてなしの場で、しまりなく緩んだ顔を見せ、「あんこ」だ「ずんだ」だと口ずさんでいる姿はどうだろう。  意外と根っこは天真爛漫な性格なのか。......いや、まさか。  それとも、ただ単に、酒に弱いだけだろうか。  獣人地区の酒は美味しくて、口当たりがよいから、うっかりするとジュースと間違えてごくごくと飲んでしまいがちだ。  とはいえ、獣人たちにとっては非情に困った要望であった。  だいたい「あんこ」も「ずんだ」も、作るとなると非情に手間が掛かるのだ。ぐつぐつ煮たりつぶしたりと、面倒なうえに時間もかかる。  しかし、大事なお客様からの要望となると、無下にもできない。 「あんことずんだでしたら、少々お時間をいただけますかな」  獣人の偉い人たちの引き攣った笑顔のその裏で、バタバタと獣人たちが動きだす。たぶん、「あんこ」と「ずんだ」を大慌てで手配しているのだろう。  あわてていたのは、実は獣人たちだけではなかった。  一緒に来ていた王宮の他の職員や護衛の騎士らも、ぎょっとした顔で管理局長を見ていた。  管理局長は、普段はお酒を一滴も飲まない。過去にお酒で大失敗をしており、それ以来アルコール絶ちをしている、とかいう噂があるぐらいだ。  仕事には常に熱心であり厳格である。規則を何より重んじる。歳は五十代の後半で、ちなみに孫が2人いる。  とにかく、そんな管理局長が、今日は珍しくお酒を飲んだ。しかもジュースのようにごくごくと飲んで、かと思ったら、別人のようにはしゃぎはじめた。そうして、「あんこ」だの「ずんだ」だのと大声で我儘を言い出したのだ。   周囲はドン引きであった。  管理局長は酒で豹変するタイプだったのか。  しかも面倒臭い感じの酒癖の悪さだ。  本人はこうなることを承知していて飲んだのだろうか? まさか、酒をジュースと間違えたわけではあるまいな?  それにしたって、何故にこんな我儘を言うのだか。わざわざここに無い菓子を欲しがるなど性質が悪い。我が上司ながら大いに呆れる。我儘か。子どもか。外交関係がこじれたりしたら管理局長の責任だ......。  準備がそろわないですっ。  作るのに2時間は必要です!  専門の菓子職人でないと無理です。  調理場はいま、洗い物でいっぱいだしっ!  シオのいるところにまで、調理場スタッフからの悲壮な耳打ちが聴こえてきた。  どうやら困ったことになっているようだ。  大事なお客人からの要望なのだし、なんとかお応えしたい。不興をかってしまうことだけは避けたい。だけど、できないものはできないのだ。  これはいったいどうするべきか。  治まりのつかない場の雰囲気に、会場にいる他の獣人たちにも、不安がざわざわと広がってゆく。  【あんこ、ずんだ】・・・ 獣人地区の田舎のお菓子。おいしいけれど、作るのに手間が掛かって面倒くさい。どちらも豆からできている。栄養は満点。やわらかいから歯がなくても食べられます。  どうしよう。  これはもしかしたら、俺の責任なのかも知れない。  過去に報告書の中で、「あんこ」と「ずんだ」の美味しさについて気軽に熱く語ってしまった。俺の書いた文書など、どうせまともに読まれないだろうと思っていたのに、もしかして、管理局長はちゃんと読くれていたのか。  だけどその内容が、いたずらに管理局長の食の好奇心をくすぐって、今のこの面倒な事態を招いているのだとしたら、俺はなんて罪深いことを。  ここはなんとか、良い打開策を考えなくては......! 「......はいっ!」  思い切って、俺はその場で挙手をした。 「ほい、そこのシオ君」  くま獣人の騎士団長さんが、俺に発言を許可してくれた。 「それならば、俺は商店街に、あんことずんだの美味しいお店を知っていますっ!」  すると、「はいっ」と管理局長も挙手をした。 「是非ともご紹介していただきたい!」  それではすぐに行ってみましょう、ということになった。  街の見学もしてみたい。商店街とは興味深い。と、他の人間も乗り気になったのだ。  みんなでぞろぞろと、騎士団領地を出発し、商店街まで連なって歩いて移動した。  俺は慎重に、先頭集団を引率した。  目的地は商店街、美味しい甘味屋のおやつを目指す。  風のない、長閑で穏やかな温かい午後だ。空は高く澄んでいる。  俺の目線の届く場所には、黒豹の護衛騎士がいる。黒豹の騎士とは時おり視線が交差した。  俺を信じて応援してくれている瞳だ。優しくて深い琥珀の色の眼差しだ。恐れることなど何もない。 「ここは焼きおせんべいが美味しいお店です」  せっかくなので、途中で目に付いた美味しいお店を紹介して歩いた。 「焼きたてのイカおせんべいがおすすめです」  イカお煎餅の香ばしい匂いに、みんなは鼻をひくひくさせた。 「食べてみたいなぁ」「買ってみますか?」「買ってみよう」  そんなやり取りの後、第3事務室長がおもむろに店先へ行き、大量のイカお煎餅を購入した。そうしてそれを、周りのみんなにいそいそと配る。渡された人たちも、隣の人へとおすそ分けする。そうしてみんなでお煎餅を食べる。  ぱりぱりぱり、ぽりぽりぽり。   「こちらはほかほかのコーンパンが食べられます。おまけでチーズクリームをのせてくれることがあります」 「とても旨そうだ」「せっかくだからこれも食べよう」 「続いてこちらは、チョコチップクッキーのお店です。チョコがザクザク入っています」 「ぜひ食べなくては」  王宮から来た人たちは、俺が紹介した美味しいものを次から次へと買い求めてゆく。  「おまけしておくよ!」と、お店の人が多めに包んでくれたりもする。  「差し入れです!」「騎士の方々もどうぞ!」と、食べ物が向こうからやって来ることもある。  もぐもぐもぐ  ザクザクザク  気が付けば、一行はみな、手に持ちきれないほどの食べ物を持ち、口に運ぶのに忙しい。  食べながら、話しを聞きながら歩くというのは、なかなかに忙しいものである。こぼさないように、落とさないように気を付けて、口に入れつつ説明を聞く。  商店街のことをよく知っているはずの獣人たちも、つられて一緒に食べている。  なんだか楽しい光景だ。  俺のお気に入りの甘味のお店もしっかりと紹介した。文具屋の隣にある小じんまりとしたお店である。 「ほう、これがあんこ! なるほど! 紫豆を!」  王国から来た人間たちはみな、あんこを食べて目を丸くした。  紫豆に、こんな美味しい調理方法があったとは。自分たちは今まで、不味い豆を苦労して口に入れていたのに。是非とも記念に持ち帰りたい。  え、紫豆の薬効をご存じない? 魔力安定に良いのですぞ。そうです、これは紫豆です。 『あんこは紫豆からできている。そうしてその紫豆は、魔力の安定向上にたいへん有効な食材である』    獣人たちの多くは、「あんこ」の事実をよく知らないでいたらしい。人間たちからの説明を聞き、目を丸くしている。    その後もお腹いっぱいの集団は、いろんなお店をひやかしながらぞろぞろと歩いた。 「花がとても綺麗ですなぁ。孫たちにも見せてやりたいものです」  酔いが醒めてきたらしい管理局長の口から、そんなのんびりとした感想が聞こえてきた。沿道の花々を眺めるのも、遊歩する人々の楽しみに加わった。  穏やかな日差しを浴びて、色とりどりに咲き競う花たちは、たしかにとても美しかった。獣人たちの街を華やかに彩っている。  街を綺麗にしておいて本当に良かった。  獣人たちは心の中で、秘かにガッツポーズした。 「引き続き、獣人地区についての報告書を頼むよ」  帰りがけに、管理局長にそう言われた。 「君が元気に頑張ってくれていて、本当にたのもしいよ」  管理局長は、何故かちらりと、俺の斜め後ろに視線をやって、穏やかに笑ってそう言った。  俺の斜め後ろには、堂々として大柄な黒豹の騎士が立っている。  素晴らしく有意義なひと時でした。  是非また交流しましょうぞ。  二つの種族は、固い握手を交わし合った。    やがて、王国から来たお客様たちは、獣人たちに感謝の意を表しつつ、笑顔で馬車に乗り込んでゆく。  両手に持ちきれないほどのおみやげ持って、おそらくみんな、はち切れそうなお腹を抱えて。  王国へ向け、ゆっくりと遠ざかってゆく馬車を、大勢の獣人たちで見送った。  王国の人たちは、いつまでも馬車の窓から手を振っている。  まるで獣人たちの街との別れを、惜しんでくれているようだった。  見送る獣人たちもまた、別れが寂しい心持ちになって、馬車が見えなくなるまでずっと、いつまでも手を振り見送り続けた。  

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