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26 マヨが好き
俺は最近、ゆで卵にマヨをたっぷりのせて食べることにはまっている。
「マヨ」というのは、たまごと油と酢でできた万能ソースだ。サラダやパンやお肉など、なんにでも合ってすごく美味しい。
王都にもマヨに似た調味料はあったけれど、獣人地区で食べるマヨほど美味しくはなかった気がする。とにかく獣人地区のマヨはとても旨い。
俺がマヨ好きだと知ると、ラグレイドは手作りマヨを、瓶にいっぱい作り置きしてくれるようになった。嬉しい。ラグのこしらえるマヨは、そこらへんで売っているマヨよりも美味しいのだ。
というわけで、小腹がすいたのでゆで卵を作ろうと思う。
鍋に生たまごを入れ、たまごがひたひたに浸かる程度の水を入れる。それを火にかけ待つだけだから、ゆでたまごをつくるのは簡単だ。
あ、しまった。時間を測る道具が見当たらない。あれがないと、俺はたまごをかちかちに茹ですぎたり、半熟にしてしまったりする。あれはどこにしまってあるのだったか。ラグレイドに聞いた方が早そうだ。
「ねぇ、ラグ、ピコピコハンマーってどこだっけ」
言ってしまってから、言い間違えたことに気が付いた。
あれは『ピコピコハンマー』という名称ではない。たしか、『キッチンタイマー』というのだ。
なぜだか俺は、あれをよく「ピコピコハンマー」と言い間違える。ピコピコハンマーといったら、叩くと「ピコピコ」音が鳴るおもちゃのハンマーのことなのに。はっきり言って『マー』のところしか合っていないのに。
ちょっと恥ずかしく思いながら、改めて言いなおそうとしたのだけれど。
「ほら。それならここにある」
ラグレイドは的確に、小型魔道具「キッチンタイマー」を俺に差し出し手渡してくれた。
どうして分ったのだろう? いや、俺がよく間違えるからか。
俺がお礼を言って受け取ると、
「ゆで卵を作るのか」
黒豹の騎士は俺の手元を見て、穏やかなイケメン然として微笑んだ。
というか、ラグレイドはイケメンなのだ。顔が整っている。
普段は獣人騎士として、屈強猛獣オーラが漂っているから気付きにくいが、こうして気を抜いて微笑んだりされるとよく分かる。それに体格が良い。背が高くて硬い筋肉の厚みがあり、男として非常にうらやましい。
近くにいると、ちょっとドキドキする。
「シオは本当にゆで卵が好きなのだな」
イケメン獣人の爽やかな微笑みに、俺はちょっとだけテレながら「うん」と頷いた。
本当はゆで卵が好きだというか、ゆで卵と食べるたっぷりのマヨが好きだというか。
だけどその辺のことも、騎士はちゃんと分かってくれているようだ。
「マヨならば、いつもの壜にたくさん作ってあるからな」
やったー! 優しくて、料理上手な同室者万歳!
「うん! ラグのたまごも茹でているからね!」
俺が喜んでそう言うと、騎士は「ならば、茹であがったら一緒に食べよう」と、小皿やマヨをテーブルに準備するのを手伝ってくれる。
ラグレイドは優しくて料理上手で、そのうえとても気が利くのだ。
一緒に食べるたまごマヨは、ひとりで食べるたまごマヨよりずっと美味しいんだよな。
俺は嬉しくなって、つい鼻唄を歌ってしまった。
たまごさんと~、おまめさんを~、おなべで.....。
.....うわぁ、びっくりしたー。
これってラグレイドがたまに歌っている、よく分からないヘンな鼻唄だ。知らないうちにうつってしまっているなんて。恐るべし、同居生活。
それにしても、俺はどうやら、物の名称を間違えて覚えていることがあるようだ。
この前も、おやつに焼き菓子を食べていて、食べきれないから残りを明日に取っておこうとして、
「ラグ、ばさみってどこだっけ」
と聞いてしまってからハッとした。
『ばさみ』って何だよ。違うだろ、あれの正式名称は『ばさみ』ではない。だけど、『ばさみ』でないならアレはいったい何と言うのだ?
思い出せなくて、俺がしばらく固まっていたら、
「もしかして、クリップのことか?」
パチンと物を挟む小道具「クリップ」を手渡された。
そうだ、これはクリップと言うのだ!
「ありがとう、ラグ!。俺、ラグがいなかったら、お菓子を湿気らせているところだった」
それに『クリップ』という言葉が出てこずに、いつまでも「もんもん」とするところだった。
「それは菓子たちも命拾いしたな」
菓子たちの恩人は、大人の笑みでほほ笑んで、俺の言い間違いを咎めないどころか、「食べ過ぎなくて偉いな」などと褒めてくれる。
たぶんラグレイドは勘が良い。
というか、洞察力が優れているのだろうなあと思う。(そしてやさしい。)
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