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29 獣人の性事情
その日は午後から、レアルさんと職場の消耗品の買い出しに出かけた。
二週間に一度の買い出しは、すっかりレアルさんとオレの仕事となっている。そして、帰りに甘味屋に寄り道するのも恒例のこととなっている。
最近はドーナツ屋さんに寄ることが多い。ドーナツ屋さんには、いろんな種類のドーナツが陳列されていて、見ていて飽きない。
だけど、選ぶものはもう決めている。
「俺はきな粉パンにします」
俺が迷いなく注文すると、
「キミ、いつもそれを選ぶよね」
レアルさんに呆れたように言われてしまった。
たしかに俺は、前回も、前々回も、きな粉パンを食べている。
きな粉パンとは、細長い形状の揚げパンに、きな粉がまぶしてあるものだ。生地にもきな粉が練り込んであって、大変香ばしい味わいとなっている。
ちなみにドーナツと揚げパンの違いはなにかなあと、たまに疑問に思う。
「きな粉パン、おいしいですよ」
「きな粉パン」は、見た目がちょっと地味だけど、味は他の華やかなドーナツたちに負けていない。きな粉の味が大変美味しいのだ。
獣人地区の「きな粉」は、王国で言う「きな粉」とはだいぶ違っている。
王国の「きな粉」は乾燥黄色豆を粉にしたもので、あくまで料理の材料であり、豆の味しかしなかった。
だけど獣人地区の「きな粉」は、加熱しなくても食べられる。たぶん豆を炒ってから粉にしているのだ。甘味の裏に絶妙な塩味が利かせてあり、黄色豆の香ばしさが深い味わいを醸し出している。
何度食べても飽きないし、なんてすばらしい食べ方だろうと、毎回感心させられる。
「豆の良さが活かされていて最高です」
きな粉パンの良さを伝えたくてそう言うと、
「え? まめ?」
レアルさんは赤茶色の瞳をぱちくりさせた。
俺は「あれ?」と思った。もしかしてレアルさんは、加工食品の原材料に疎いのだろうか。このまえも、あんこが紫豆からできていることを知らなかった。
レアルさんだけでなく、獣人の大多数があんこの材料が紫豆だと知らない様子だったっけ。獣人地区のみなさんは、お豆にあまり興味がないのかもしれない。
「きな粉は黄色豆からできているんですよ」
一応説明してみると、「えっ!」と、驚かれたから、やっぱり知らなかったようだ。
おもしろいなあと思う。
野菜の育て方とか、研究のこととか、微妙な音の違いとか、難しいことはとても良く知っているのに、普段食べている食べ物の原材料を知らないなんて。
けれどそのアンバランスさが、レアルさんの魅力かなとも思う。
そういえばラグレイドにも、微妙にアンバランスなところがある。
普段はなんでもできるスーパー優秀冷静騎士なのに、理性のタガが外れそうな時とか、興奮しすぎちゃった時とか、ちょっとヘンになるんだよ。喉奥から猛獣じみた唸り声を上げはじめたり、息がはあはあ荒くなって、瞳が獰猛な色に変わったり。
最初のうちは、それによくびっくりさせられたものだったけれど。でも俺は、そんなラグレイドも嫌いじゃない。普段が穏やかで理性的ある分、そういう本能を感じさせる面がたまには見えてもいいと思う。むしろ、もっと本能や欲望に忠実であってもいいのにと思うことがあるくらいだ。
「それじゃあ僕も、きな粉パンにしてみようかな」
銀縁の眼鏡をクイっと上げて、レアルさんもきな粉パンを注文した。
二人して、店先のベンチに腰掛けきな粉パンを頬張る。
この揚げパンの唯一の欠点は、きな粉が辺りに飛び散ることだ。気を付けないと手や口周りがきな粉だらけになってしまう。
俺が「きな粉」の美容・健康における優秀さについても説明すると、「なるほど、美味しい上にそんな有能なものだとはね」と、きな粉まみれになったレアルさんが深く頷く。
きな粉の良さを理解してもらえたようで、なんだか嬉しい。
俺たちは、飛び散るきな粉にまみれながら、残りをおいしく頬張った。
ついでに言うならば、黄色豆にはホルモンを安定させる効果もあるはずだ。
王都にいた時、Ωの子たちは積極的に黄色豆の料理を食べていた。「黄色豆を食べるとΩの魅力が上がる」という噂があったからだ。
効果のほどは知らないけれど、上がるものなら、魅力を上げたい。
Ωは普通、美形が多いと言われている。だけど俺はどうみても普通の地味な男だし、かっこいい獣耳もしっぽも持っていない。
それでもラグレイドはいっぱい触ったり撫でたりしてくれるけれど、何かもっと自信を持って魅力といえる部分がほしい。
たとえば俺に、ぴんとした三角のもふ耳があったならば、もう少し自信を持てていたかもしれない。
そう。今、目の前を喋りながら通りかかる、若い2人連れのネコ獣人の耳みたいに。
白黒のまだら模様と、茶色トラの耳が、モフモフしていてとても可愛い。
「オレさぁ、なんか耳が弱いんだよね。撫でられるとふにゃぁて力が抜けるというか」
2人の喋り声が聞こえてくる。
「あー分かる、気持ち良くなっちゃうんだよね。優しくされるのも、しっかりと撫でられるのもたまらないよね」
「そうなんだよなぁ。なんか、えっちしたい気分になるっていうか」
え?
え、ほんとうですか? 今、大変有益な情報を得たような気がする。
撫でられるとふにゃあと力が抜けて? 優しくされたり、しっかりと撫でられるのもたまらなくて、そのうえなんか? えっちしたい気分になる......???
そうなのか? 獣耳というのはそういうものなのか?
「......本当ですか?」
「わあぁ、ちょっとキミ、オレで試そうとするのやめてくれない? 君には同室者がいるでしょ。試すんなら家に帰って同室者で試しなよっ」
残念ながら(当然のことながら)、レアルさんで試すことはできなかった。
そうだ。俺には黒豹獣人の同室者がいる。
試してみたい。
ふにゃぁ、と力が抜けるところを見てみたい。
黒豹といえばネコ科だから、さっきの猫さんたちと同じ系統のはずだ。同じ反応を示すかもしれない。
実は最近、もふもふに関して欲求不満ぎみだ。
ラグレイドがあまり触らせてくれないからだ。
俺が積極的に触りに行くと、抱き締められて、逆になでなでされて、いつの間にか寝かしつけられてしまっている。
頑張って触ってやろうと思っても、旨い具合に手足の動きを封じられ、気持ち良くさせられて、脱力して終わってしまう。
ラグレイドのもふをちっとも撫でれていない。もふなでが足りない。ついでに言うならえっちも足りない。
あれから一週間以上経つというのに、中途半端な触れ合いばかりで、「挿入」がない。
「分りました。家に帰ってから、同室者をもふってやります。確実に、絶対に。俺は負けません」
「そんなに闘志を燃やさなくても、」
レアルさんには若干引き気味に言われたけれど、これくらいの覚悟を持って挑まないときっと駄目だ。
ラグレイドの手管は最強だから、油断していると主導権を握られる。そうしてはぐらかされて、いつの間にか次の朝になっている。
「きな粉を食べたから、俺は無敵です」
きな粉を信頼しすぎじゃないか? と、レアルさんはハンカチで口周りを拭きながら呆れているけれど、きな粉にも縋りたい気分なのだ。
どうして挿れてこないのかな。
ラグレイドが俺に遠慮をしているのならば、遠慮は不要だと伝えたい。
俺に魅力が足らないのなら、もっと努力するし、勉強もする。
......だけど、もしかして。
発情期じゃない時は「挿入」は滅多にあまりしないものだとか......?
獣人は動物の特徴が身体に強くあらわれているのだし、動物に似た性傾向があるのかもしれない。
獣人地区で生活するようになってから、人間とか獣人とか言っても、それほど違わないものだなあと思ってきたけれど、もしかしたらそういう部分で、俺の知らない違いがあるのかもしれない。
うーむ。謎なんだ。獣人の性事情。
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