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30 やさしいのがいい

 獣人の性について学びたい。  と思い立って、休憩時間や仕事終わりに職場の図書室に入りびたり、性に関する本をいろいろと読み漁った。  性交には様々な体位があるのだということや、いろんな性玩具があって使い方もいろいろだということや、性技や隠語に関するまめ情報を得ることができた。  また、獣人はその種族的系統により、多少は体位に好みがあったり、性欲の強い弱いや、早漏・遅漏などの傾向があるらしい、という知識も得た。  だけどそういった個体による違いは、人間のなかでも同じようにあるものだと思う。  好みや体質や性癖など、人によってそれぞれで、個人差が非常に大きいものだ。獣人だからとか、人間族だからとか、そういう仕分け方は、あまり意味のないことだなあと気付かされた。  性に関する考え方や嗜好というのは、個人によって多種多様に存在するもののようだ。  あまり挿入しない主義だとか、入れるよりも擦るほうが好き派とか、2人でするより独りでするほうが尊いという考え方もあるらしい。えっちの世界は奥が深い。  とある書物では、挿入に至らない理由として、「一度性交をしてみたものの、具合が思ったりも良くなかったから興味を失くした」という事例が紹介されていた。そんな恐ろしい理由は嫌だな、と戦慄しながら読んだりした。  『こういったことは大変繊細、かつ重要な問題です。パートナーと良く話し合い、お互いの理解を深めることが大切です。』(「愛のある性生活のススメ」より。)    夕食後のくつろぎ時間は、いつもふたりでまったりしている。  だけど、できれば今日はラグレイドに、性に関する希望や意向を聞いてみたいと考えていた。こういったことは、やはり多少はお互いに理解しておいた方が良いの思うのだ。その方が無駄に悩んだり、すれ違ったりしなくて済むんじゃないかなと。  しかし、いざ聞こうとすると、 「ラグレイド、きょ、今日のお茶も美味しいね」 「そうだな」 「ところで、セ、せっ......煎餅というお菓子は美味しいよね」 「? そうだな」 「セッ......、石鹸はまだあったかな」 「? そうだな、あったんじゃないかな?」  ......センシティブな問題だけに、なかなか切りだせないものである。  性生活にどのように取り組みたいか。あるいは、今後のえっちをどうしよう? と、気軽に話題を振りたいところだけれど。  でも、こんな話題を急に振ったら、まるで俺がえっちのことばかりを考えて気にしているみたいで滑稽だよな。......考えて、気にしているわけだけど。 「シオ、美味い酒を手に入れたんだが、こっちで少し飲まないか?」  ラグレイドはいつの間にか、お酒のボトルとグラス2つを両手に持ち、ソファのあるローテーブルのほうへと移動している。  ラグレイドは最近、ソファでくつろぐのがお気に入りだ。  このあいだ、ソファをこれまでの小さいものから、4人ぐらい腰掛けられるでっかいものに買い替えた。それ以来、夜はいつもこのソファのところでまったりしている。  新しいソファは革製で、抜け毛が付きにくくて清潔なのが嬉しいらしい。(コロコロの出番は減ってしまった)  獣人地区のお酒は美味しい。  俺はあまり飲まないほうだし、酒の良し悪しもよくは知らないんだけど、たまに口にするこちらのお酒はいつも旨いなあと思う。  カットフルーツをつまみながら、注いでもらったグラスをちびちび傾けていると、甘い香りにほわんと酔いが回ってくる。  軽く良い気分になってくると、性とか意向とか、そんなことはどうでもいいような気がしてきた。今のまま適当に触れ合って、健全に眠る生活でいいじゃないか。そのほうが健康的で、ラグレイドの仕事にも響かなくていいかもしれない。  悩みが薄らいでくると、なんだか気持ちが大きくなって、ソファにでれんと凭れかかった。  新しいソファは広くて座り心地も最高なんだ。 「......シオ」  名前を呼ばれて顔を上げると、いつの間にかグラスを置いたラグレイドが、どこか艶のある美しい瞳で俺を見ていた。 「シオは、明日は仕事が休みだったな」 「うん。そうだよ」 「体調も良さそうだ」 「うん。元気」  俺の返事を確認すると、大きな身体が覆いかぶさるようにして近付いて来た。そうして、艶やかに翳る金色の瞳に捕えられたと思ったら、とてもゆっくりとしたキスが始まった。  お酒のすこし甘い味がする。  ラグレイドのソフトな唇の感触が、俺の唇に柔らかく触れて喰んでくる。すぐに舌が浸入してきて、口腔内で濃密に絡みついてきた。  これではあっという間に気持ちが良くなってしまう。  簡単に流され過ぎてしまわぬように、身じろぎをしようとしたんだけれど、ラグレイドの身体に身体を抑えこまれていて動けなかった。ソファの背に沈められるような形になっている。互いの口から溢れた唾液が喉を伝って落ちてゆく。  なんだかラグレイドからの圧が凄い。息苦しくて、せめてもうちょっと身構えられる姿勢を取らせてほしいのに。これでは溺れて流されるみたいだ。 「......ん、ラグ、おもい......っ」  力の入らない両手で相手の胸を押し返そうとしたけれど、こういう時、圧倒的な体格差があると難しい。  甘いキスは今度は俺の目じりや頬に移り、音をたてて顔中を啄まれた。そうして時折深く唇を塞がれる。切羽詰まったようなキスを沢山受けるのは嫌いじゃない。翻弄されて、呼吸はすでに滅茶苦茶だ。  だけどこんなふうにされていると、なんだかいっぱい好きって言われているみたいだなと思う。心がくすぐったくなってくる。  俺は逃れることを諦めて、されるがままに口付けを受け止め、溺れるみたいに息をした。ラグレイドからキスをされるの、やっぱりすごく気持ちが良い。  そうすると、だんだん身体が熱くなってくるから困る。  発情期はもう治まっているけれど、発情によく似た熱が胸の奥から燻ぶり出して、身体中がじりじりと焦げるみたいに疼き始める。  どうしよう、すごく熱い......。  俺は無意識の内にシャツの前ボタンに手を掛けていた。少しでも涼しい外気を取り込んで、身体の熱を冷やしたかった。 「......シ、オ」    急にラグレイドの動きが弛まって、喰い入るような視線を感じた。  己を見ると、胸元のボタンを2つも3つも外してしまっている。シャツがはだけてしまっていた。  ラグレイドは完全に動きを止めたまま、露わになった俺の肌を凝視している。  と思ったら次の瞬間、大きな両手にシャツをがばりと広げられた。そうしてさらけ出された左の乳首に、噛み付くみたいに舌を見せてむしゃぶりつかれた。 「......ッ」  俺は胸の突起が弱いから、激しくされると身体がビクビク跳ねてしまう。  滅茶苦茶に吸い付かれて、もう一方は手のひらで揉まれて、喘ぐ声を押し殺すしかなかった。こんなことをされたら、余計に身体が疼くのに。また俺だけが中途半端に気持ち良くされて、果てて眠らされるとか嫌なのに。もう一度あの時のように深く繋がって、ひとつに熔け合う感覚を味わいたいのに。  耐えるしかなくて、ぎゅっと目蓋を閉じていると。  ......シオ......、今日は、やらせてくれ。  呻くような声が聞こえたような気がして。  俺は、崩れ落ちそうな自我を総動員して、目蓋を開いた。  目の前のラグレイドと視線が合った。 「............ラグ、今、やらせてって、言った?」  ラグレイドは舌の動きを止めると少し身を起こした。 「......言った。......駄目だろうか」  駄目じゃないけど。でも。 「あまり入れない主義じゃなかったの?」 「?? そのような主義では決して無い」 「擦るほうが好き派では?」 「.......擦るのもいいが、」  ......挿れるのがしたい。  そうだったのか。  やっぱり、聞いてみないと分らないものだ。  だけど、ラグは明日が仕事のはずだし、業務に差し支えて困るのではないのかな。そう尋ねてみると、 「俺はいい。俺は何とでもなる。ただ、シオが大変でなければ」  ......なんだ。俺のことを気にして、気遣ってくれていたのか。  俺とのえっちが思ったより具合良くなかったからとか、そういう理由ではなくてよかった。 「......本当は、いつでもシオと交わりたい」    真剣に、朴訥に、獣人青年はそう言って静かに俺を見た。  俺は、なんだかちょっと驚いたのと、照れるのと、嬉しいのとで、すぐには言葉が出て来なかった。  俺だって、いつでも交わりたいと思っている。ラグとのえっちはすごく気持ちが良かったし、心も身体も満たされて、とても幸せな気持ちになれたから。  俺はそっと、ラグレイドの大きな身体に腕をまわした。 「......俺もしたい。俺も、ラグといっぱい交わりたい」  耳元で囁いたら、ぎゅうっと抱き返されて胸の中に閉じ込められた。  と思ったら、逞しい両腕で抱え上げられた。 「すぐにベッドへ行こう」  そこからは、優しいキスからのやり直しだった。  俺たちは全裸になって肌と肌で触れ合って、身体の奥深い場所でも密着をした。  全身でラグレイドを感じていると、身体はどこまでも甘く高揚して蕩けて、気が変になりそうだ。  だけど前回の、初めての発情と結合で全く余裕がなかったのに比べると、今回は少しだけ目を開けて、相手を見る余裕があった。  ラグレイドは俺の中にゆっくりと入ってくると、感じ入ったように眉根を寄せて、喘ぐように低く呻きながら微かに呼吸を震わせていた。  そうしてひどく切なそうに俺を見つめて、少しずつ前後に腰を動かし始めた。時折俺の肌に口付けをして、軽く吸ったり、歯を立てて甘噛みしたり、舐めたりもする。  俺はラグレイドの動きに身体を揺らされながら、汗ばむ肌の熱い感触や、たまに漏れ聴こえてくる掠れた喘ぎや、無骨なのにやさしい手のひらや、荒々しくなる吐息を感じていた。愛しくて、泣きたいような気持ちになってひどく喘いだ。  途中で抱き起されて座位になり、ラグレイドと真正面で向かい合って結合する姿勢をとらされた。何度もキスをされながらやっぱり揺すられる。  知っている。これは、「対面座位」というやつだ。本で読んだ。  『結合がより深くなり、お互いの顔を見つめ合ったり、抱き締め合ったりできるのが利点です』  て、それどころじゃなかった。  それまでとは違う角度でぐりぐりと刺激されて堪らない。ずっと絶頂が持続している。頭の中が白熱している。なんか怖い。助けを求めたくてラグレイドの首にしがみ付き、鳴き声をあげながら全身を震わせていたのだけれど。  ふと、視界に入ったものが、丸みのある艶やかな黒い獣耳だった。  いつもはぴんと凛々しい獣耳が、心なしか後ろへ倒れぎみでいる。  考えるよりも先に、ぐらつく指先を伸ばしていた。  .......触りたい。  艶のある黒豹耳をむぎゅと握ると、そこは極上の毛皮に覆われた、柔らかいけれど硬い芯のある、魅惑的な獣耳の感触があった。 「......ぐぁぁ.....っ」  するとどうしたことなのか。  俺の中に挿入っていたラグレイドのものが、突然その大きさと太さを増したのだ。 「あんんっ、おっきい......っ」  これ以上太すぎるのも、大きすぎるのも、俺にはとても苦しかった。  しかも、なぜか再度ベッドに押し倒すように寝かされて、腰の打ち付けが急激に速まったから堪らなかった。その激しさにはとても身体が追い付かない。 「んあぁぁぁんっ」  過ぎた刺激と凶暴すぎる快楽が、怒涛のように押し寄せてきて、俺は仰け反って首を振り、泣きなかがら必死に訴えていた。 「うあぁぁんっ、やだっ、こわいのやだっ、やさしいのがいい......っっ」 「............ッ」    するとラグレイドは、歯を喰いしばるようにして俯いて、急ブレーキを掛けるかのように、腰の動きを緩くゆっくりしたものへと移行した。 「............わかった、......やさしくする............ッ」  そうして、ひどく汗を垂らし、どこか苦しげに、時折何かに堪えるようにして、最後までとてもやさしく俺のことを抱いたのだった。

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