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第2話

「相庭、この間サヨちゃんに連絡先聞かれてただろ。あれどーにかなっちゃった?」 「どうにもなってないよ」  久々に男友達とのキャンパスライフを満喫していた時だった。 同じ講義に顔を出すお調子者の斎藤に相庭が絡まれていた。 「えー、じゃあサヨちゃんと一緒にいたキョウカちゃんとは?」 「だからどうにもなってないって」 「ハァ!? どっちもお前のことカッコイイとかなんとか言って気に入ってる風だったのに、なにその余裕~!?」  羨ましすぎるぞコノ~と頭を掻き混ぜられ、柔らかそうな髪を思い切りグシャグシャに乱された相庭が、蠅を追い払う動作で鬱陶しげに斎藤を退けた。  呆れ顔でつむじを掻き分けながら途中で面倒になったのか、無造作に散った横髪を耳の後ろに引っ掛ける。 栗色の毛先に残ったウェーブが額に影を作り、乱れた髪すらわざとセットしたかのようにオシャレに見えた。 女子の「カッコイイ」という黄色い声が聞こえてきそうな容姿の青年が、これでいて硬派なのが椎名にとっては不思議でならなかった。  ――相庭の好みのタイプってどんな子だろう? 「背が高めで話の合う子が好きだな」 「えっ……!」  思ったことが口に出ていたのかと内心飛び上がるほどビックリしたが、斎藤の言葉でそうではないことを悟る。 「ほうほう、モデル系ってことスかね? んも~相庭くんのメンクイ~」  顔の美醜の話なんて誰もしていないのに、斎藤はやけに神妙な面持ちで頷いていた。 椎名が頭の中で考えたのとタイミングを同じくして、彼は疑問をなげかけたようだ。  背が高めで話の合う子がタイプだなんて、後者は共感できるが、前者は随分変わった好みだ。椎名としては断然小柄な女性が好みだし、欲を言えば30センチほど身長差があればベストなのだが――。 「フツメン椎名はちゃっかりすっげー可愛い彼女がいるから、なんつーかもう控えめに言って今すぐ爆発して欲しい!」  恨めしそうな視線を向けられ苦笑する。そのすっげー可愛い彼女がいる幸せの裏で、居心地の悪い焦燥と自己否定が、絶えず自分の首を絞めるのだ。  もちろん彼女を手に入れた喜びは計り知れないほど大きいが、自分がフツメンである限り、ある種の覚悟を持っていなければならない。 「椎名はカッコイイだろ」  当たり前のようにポツリと小さく放たれた言葉が、椎名の鼓動を激しく揺さぶった。 「若奈ちゃんは見る目がある」  続いた言葉にも、また心臓が勝手に音を立てる。  一瞬呼吸を忘れた――いや、止まっていた心肺が活動を再開したみたいに急激に酸素が体中に流れ込んだ。スー、ハー、普段は聞こえない呼吸音が、この時ばかりは脳内に大きく木霊した。 「ええ~! なんだよそれずっるい! じゃあ俺は!? 俺も褒めて! 独り身地獄に落ちる前に救って!!!」  もう落ちてるんじゃ? ――というジョークは口に出さない。茶化しているようで案外深刻な斎藤を傷つけないよう、けれど落とすところは落とすように相庭が続けた。 「なんだろ、明るくて憎めないとこはイイかな?」 「なんだろってなに! むりやり長所見つけたあげくそこしかイイとこないみたいな言い方なんなのォ!?」  顔を真っ赤にして食ってかかる斎藤をまた鬱陶しそうに払いのけながら、相庭がカラカラと笑う。その笑顔に何故だか心臓がぎゅうっと締めつけられ、椎名は気持ちを整えるように深呼吸をした。  かっこ悪くて誰にも言えたものではないけれど、彼女の隣に並ぶことを許されたような気がして、どこにも誇れる部分がない自分を肯定してもらえた気がして、胸がいっぱいになった。  注意しながら日常を過ごしていると、相庭はいつだって椎名を尊重した発言しかしないことに気付かされた。冗談でも貶めるようなことは言わないし、食べ物の好みやちょっと話しただけのことをよく覚えていて、度々驚かされた。椎名という親友を大事にしてくれている何よりの証拠だろう。  若奈といることで自信を失い、相庭といることで自信を取り戻す。まるでジェットコースターのようなアップダウンを繰り返し、椎名はギリギリのところで心の均衡を保っていた。  しかし恋人への独占欲をじわじわと拗らせていった椎名は、世間からも若奈のパートナーとして認められたい一心で、大学卒業と同時に籍を入れたいと望むようになった。  その想いを告げるよりも先に、三年以上続いた椎名の不安定な大学生活は唐突に破綻してしまった。若奈の心変わりをもって。  別れを切り出されるまで一度も話し合う機会がないまま、椎名は突然彼女の人生から締め出されてしまったのだ。

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