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第5話

 ビールの缶が中途半端に潰れ、あちらこちらに転がっている。ベッドからはみ出した足でどれかを蹴飛ばしたのか、アルミ缶の跳ねる耳障りな音がして椎名は目を覚ました。 「え……俺こんなに飲んだっけ……?」  シャワーも浴びず、いつの間にか寝落ちしてしまった夜特有のダルさが体に残っている。 充電切れで画面が真っ黒になった携帯電話が、枕の下からはみ出していた。 「ん……? あれ、そういえば昨日、俺……」  通話をしていた記憶が不意にフラッシュバックし、寝起きの頭がだんだんハッキリしてくる。  ――そういえば昨日の夜ビールを飲み始めたら止まらなくなって、落ち込んでたのに急にイライラしてきて、その勢いで相庭に電話をかけたような……。それで自分はとんでもなく恐ろしいことをぶちまけたような……。  椎名はかろうじて被っていた毛布を跳ねのけた。上半身をピーンと一直線に起こし、声にならない悲鳴をあげながら倒れこむように体を丸める。 「……なにやってんだっ! 昨日の俺!」  自分が相庭に何を言ったのか、見事にちゃんと覚えている。椎名は酔って記憶を失くすタイプではなかったが、いっそ忘れていたほうが幸せだったに違いない。  友人がゲイだったこと自体デリケートな話なのに、それを軽んじるような発言をし、あまつさえなぜこちらの気持ちを理解できないのかと自分勝手に責め立てた。いくらアルコールが入っていたとはいえ目に余る無礼さだ。  思い返すといたたまれなくなり、椎名はマットレスに突っ伏して、くぐもった声で「う~」だの「あ~」だの呻きながら身悶える。  あれだけ浅慮な行いをしたせいで、相庭への侘びの気持ちが強まり、逆に昨日までの被害者意識が弱まったのは、不幸中の幸いと言えるかもしれない。世界に為すすべもなく翻弄されるかのように、悲劇の中心で憤っていた椎名だが、そこにいるのは自分だけではないということにようやく気がついた。  相庭だって椎名と全く同じように失恋し、同時に親友を失ったのだ。 そのうえ性的指向の違う想い人と友人の両方から、配慮の欠片もない八つ当たりまでされ、彼のほうがよほど被害者と言うに相応しかった。  椎名は羞恥心を紛らわせるように、ボンボンとマットレスに頭を打ち付けた。 「うわああ~穴があったら入りたい!!」  叶いもしない願いを口にしながら激しく懺悔していた椎名は、キャンパスで相庭と顔を合わせるなり、物凄い勢いで体を二つに折り曲げて昨晩の非礼を詫びた。 「バカだな。酔っ払いの言うことなんか全然気にしてないよ。それに俺達が違う世界の人間だって言ったのはただの事実だから。そもそもわかり合えるわけないんだし」  非難の色を少しも滲ませることなく相庭が言った。不快な思いをさせていないなら良かった――と思うべきなのかもしれないが、僅かな期待すら寄せられることなく自分達の間に一線引かれた気がして、椎名は複雑な気持ちになった。  相庭が境界線の向こう側にいる人間とわかり合おうとしないことが悲しくて、自分にはどうやったって踏み込むことを許してもらえない事実が悔しかった。  もっと見せてほしい。もっと期待してほしいし近づいて欲しい。 好きだと言ったその口で、遠ざけるための言葉を紡がれるのはどうにも耐えがたかった。  ――椎名が嫌じゃないなら、もうしばらくは一緒にいるよ。  そう相庭は約束してくれたが、しばらくとはどれくらいだろう。どうせ近々離れるんだし――と友人が思っているのは態度の端々からなんとなく伝わってくる。  絶対に失いたくなくて、なんとか友達のまま付き合ってもらえないかと考えたが、相庭の意思はおそらく固い。日に日に相庭との間に見えない距離が広がっていくのを感じ、椎名は焦っていた。

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