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第6話
「んね、今年のクリスマス、もしかしてみんなぼっちなんじゃない?」
にゅっと机の影から顔を覗かせた斎藤が、軽い口調でそんなことを言った。
十二月に入って一週間、年末のビッグイベントに向けてキャンパスは浮き足立っている。
「つうか、クリスマス前にフラれるなんて椎名もついてないよな~……」
気遣わしげな目を向けられ複雑な気持ちになりつつも、フラれた当初からすれば考えられないほど元気に過ごしている自分に、椎名はハタと気がついた。
どうすれば相庭を失わないでいられるか、そればかり考えていたせいで無意識に気持ちが分散していたらしい。
「斎藤、無駄口叩くな」
「イッテ!」
バシっと後頭部を平手打ちされた斎藤が、大げさにぶたれた箇所をさすっている。
普段の相庭は誰かを小突いたりするタイプではないのに、斎藤の無神経さに腹を立てている様子で、椎名はなぜか切ない気持ちになった。
しかしそれ以上のリアクションはなく、相変わらずこちらを見る気配もない。
気遣うくせに、無関心。見えない溝が深まっている事実がもどかしい。
「そういう斎藤はいい子いないのか? 斎藤ならいくらでも彼女できるだろ」
「え……え~、そんなこと言ってくれるの相庭だけなんですけどお~」
相庭の言葉に満更でもない表情を浮かべた斎藤は、人懐っこく甘えながら目の前の友人に飛びついた。
「んも~なんで相庭は女子じゃないのねえ! 俺忍チャンと付き合いたい! 顔よし、性格よし、最高のコイビトじゃん。もうペチャパイでもいいから俺と付き合って!!」
「わ、ちょ……っ!」
椅子に座った相庭を中腰で思いっきり抱きしめて頭に頬擦りをした斎藤が、断りもなく両手を忍ばせ、相庭の平らな胸をもみもみと大胆にまさぐった。
「んあっ、ふっ、ざけん――!」
相庭が抗議するより早く、椎名はその肩を掴んでグイっと自分の方に引き寄せた。何も知らなければさほど気にならなかったかもしれないが、相庭はゲイなのだ。公然と悪戯をされている女の子を見てしまった気分になり、ついカッとした。
背面から抱きしめられる形で斎藤の手から逃れた相庭は、ポカンと呆けた顔をしている。
「斎藤セクハラだぞ」
「ほえ? いいジャ~ン男同士だし、減るもんじゃないしィ――」
「減るんだよ!」
つい語気を荒げると、苦笑いしながら斎藤が謝った。
ぎゅっと強く抱きしめた腕の中で、相庭が見たこともないほど顔を真っ赤にしている。
「し、椎名、あの、もういいから、離して……」
口元を軽く手で覆い、頬を染めたままうつむいている相庭の表情にドキッとした。三年近く付き合ってきて初めて見る顔だった。
この無防備な反応が斎藤のせいなのか自分のせいなのか判断がつかず、胸がジリジリする。
斎藤への反応だとしたら面白くない。男が異性からスキンシップされた時の浮ついた感情を、相庭は同性に抱くのだろうか? 自分だけじゃなく、斎藤にも、他の男にも?
胸の奥で暗い焔が揺らめいた気がして、椎名は首を振った。
「……椎名?」
戸惑ったように名前を呼ばれて我に帰った椎名は、抱きしめていた身体を開放した。
「ごめん、俺こそセクハラ……」
「いや、いいんだ。ありがとう……」
斜め下に視線を向けて恥ずかしそうにしている相庭にまたドキっとした。
「ちょっと、忍チャンは俺のカノジョなんだから、セクハラやめてもらえますぅ~?」
どやされた腹いせか、鬼の首をとったような態度で斎藤が口を挟んでくる。
空気を読まない男のおかげで、相庭との会話の余韻がぶち壊しになった。
「斎藤に言われたくない!」
「アハハ~ごめんなた~い!」
両頬の脇で両手をパッと広げてバカっぽいポーズをする斎藤を見て、相庭がクスクスと笑っている。あれほど無遠慮に胸を揉まれておきながら全く気にした様子のない男に、椎名の方が頭を抱えてしまった。
そこには彼の言うように、決して自分には理解できない世界が潜んでいるように見えた。
よく知っていると思い込んでいた相手が全く違う人種に思えて、どう反応し、どう扱うのが正しいのかわからなかった。
おそらくこの瞬間、椎名は初めて相庭を『異性』として認識した。
人として好きだと感じている部分は、相庭が異性だとしたら愛すべき部分に変わる。
清潔そうに整った顔も、ゆったりとした動作の一つ一つも、目を奪われるものがあった。
食事中の相庭を盗み見て「キレイな食べ方だな」とぼんやり考えていると、柔らかそうな唇に視線が釘付けになった。ふっくらとしたその場所にキスする自分を想像して、全く抵抗を感じていないことに驚く。
性格も容姿も立ち居振る舞いに至るまで、全てが好ましいなんて、ある意味普通じゃない。離れることも考えられないのだとしたら、つまり普通じゃない選択しか椎名には残されていないのではないか。――男だと思うからいけないのだ。
それから一週間も経たないうちに、椎名は親友だった男に交際を申し込んだ。
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