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第7話

 付き合うといっても男同士勝手がわからない。 椎名は過去の恋愛と区別することなく、これまでと同じスタンスで相庭と付き合っていくことにした。 「同情とか依存心だとかで言ってるなら冷静になって。今すぐ取り下げて。急に男と恋愛なんてできるわけないだろ」  付き合ってみませんか――という椎名の口下手な提案に返ってきたのは、諭すような言葉だった。  そもそも若奈と別れてから一ヶ月近くずっと相庭のことばかり考えていたのだ。決して急ごしらえの告白ではなかったし、ましてや同情心なんて1ミリもない。  依存心だけはおそらくふんだんにあるだろうが、それは異性との恋愛だって同じことだ。考え直させるような言い方をされ、少し意地になった。 「急じゃないよ。いろいろ考えた。全く依存してないかと言われれば正直自信はないけど、でも付き合ってみなきゃわからないことってあると思う」  何事もやってみなければわからない。男女間ですらそうなのだから、わからないことだらけの同性間なんてその比ではないだろう。はなから長期戦のつもりだった。  真剣に主張すると、相庭は戸惑いを滲ませながら結局は提案を受け入れた。  クリスマス直前に話がまとまったお陰でぎゅうぎゅうに詰まったアルバイトの予定に忙殺され、相庭と聖夜を過ごすことはできなかった。  付き合い始めてからすっかり日課になっていたSNSのやりとりだけはとにかくマメにしていたおかげで、恋人たちのビッグイベントに参加できなくても、独り身のような物寂しさは感じずに済んだ。 形だけでも彼氏らしく振舞うことで、関係性が変わったことを椎名は実感していた。  年末年始のシフトは前週までの忙しさを考慮されていたおかげで、白紙だった大晦日と元旦は相庭と過ごすことになった。 「……こんばんは」  暮れかけた藍と橙のグラデーションを背負った相庭が、玄関先で遠慮がちに挨拶をした。 戸惑いと照れが混ざったぎこちなさに、自然と笑みがこぼれる。 「寒いだろ。中入って」 「お邪魔します」  脱いだスニーカーをきちんと揃えるところが相庭らしいと思う。  かかんだ体を起こした彼は、下駄箱の上に飾られたカレンダーを見てふっと笑った。 「やけに雄々しい富士だな」 「いいカレンダーだろ~」  毎年買い続けている富士山のカレンダーは、決まった出版社が発行している、決まった写真家のシリーズだった。ダイナミックさとパワフルさを切り取ったかのような世界遺産の写真は、いつでも椎名を勇気づけてくれるお気に入りシリーズで、翌年版も既に購入済みだ。  狭いワンルームの奥に相庭を招き入れると、「これ」と言いながらスーパーのビニール袋を差し出した。中には缶チューハイとつまみが入っている。  若奈だったら手作りの惣菜か、食材を持ってきて何か作ってくれただろうと無意識に想像してしまい、無防備な胸を鈍い痛みが襲った。慌てて振り払おうとそのイメージを頭の中から追い出す。 「このあとピザとろう」  ニッと笑って提案すると、「大晦日なのに」と呆れた声が返ってきて、意味もなくホッとした。  大晦日らしい情緒などどこにもないが、一人用の小さなコタツに二人で入って、ピザと酒とつまみを並べながらまったり夜を過ごすのも悪くない。 「狭」 「いた!」  早速足を入れたコタツの中で脛を蹴られ、椎名は小さく呻いた。 ふっとドヤ顔をした相庭が、涼しい顔でピザ屋のチラシを眺めている。 時折子どもっぽいイタズラをする男なのだと、思い出したのは久々だった。  胡座を崩して片足を動かし、つま先で相庭の膝をくすぐって仕返しすると、ビクッと硬直したあと鋭い視線を投げられた。椎名も負けじとドヤ顔をお見舞いし、何事もなかったかのように「このピザが食べたい」とチラシを指差す。その指を掌でペイッと払って「俺はこっち」と反論するものだから、「じゃあもうハーフ&ハーフでいいじゃん」とそのままピザ屋に電話をかけた。親友だった時と変わらない空気が懐かしくて、やけに楽しかった。  到着したピザをもそもそと咀嚼しながら、大晦日の過ごし方について二人でゆるく話し合う。 「相庭は大晦日は紅白?」 「……笑っちゃいけない耐久戦」 「……気が合うな。じゃあ耐久戦のあとカウントダウンして、新年迎えたら初詣行くってことでどう?」 「あ、笑っちゃいけない番組は毎年予告なく新年になるから、カウントダウンするなら気を付けないと」 「よし、アラーム!」 「そこまですんの」  呆れたように笑う相庭の表情が、最近はめっきり見られなくなっていた柔らかな笑顔で、目が離せなくなる。さきほどから何度も蘇える懐かしい感覚が切ない。失わなくてよかったという気持ちと、依存している罪悪感の板挟みになっていた。

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