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第8話
深夜を回りそうな頃、アラームを設定した甲斐あって耐久戦の途中でカウントダウンに成功した二人は、キリのいいところでジャケットを羽織って外に出た。
近所の立派な神社は、初詣に訪れた参拝客でごった返していた。マフラーに顔を埋めながら参道に並び、それぞれ鐘を鳴らして願い事をする。
なにをお願いしたのか尋ねると、「椎名がいい恋愛できるようにって」と言いながら、相庭が手を合わせて拝むジェスチャーをした。
「なんだ、俺たちのことお願いしてくれたんだ。ありがとう」
相庭は曖昧な笑みを浮かべ、社務所のそばに設置された甘酒のテントへと椎名を引っ張った。普段好まないその酒も、新年だけは不思議なほど美味しく感じた。
自宅に帰り着いた時には、時計は深夜の2時を回っていた。体は冷えていたけれど、疲れと眠気の方が勝ってしまい、揃って寝巻きに着替える。来客用の寝具は出さなかった。
「えっと、同じ布団で寝るの?」
「そのつもりだけど」
「いやいや、前は予備の布団あったよね。あれ出そうよ」
「いやいや、あれはないものだと思って」
逃げを打つ相庭を強引にベッドの中に引っ張り込んで背中から抱きしめると、「いやいやいや」と独り言を言いながら身体を固くしてしまった。おかまいなく寝かしつけるようにポンポン叩くと、大きな溜息が聞こえてくる。
「あー、あったかい」
「…………はあ……」
もう一度溜息を零し、相庭は完全に沈黙してしまう。
普通ならここで、恋人らしい行為をしなくちゃいけないのかと悩むところなのだろうが、椎名にそこまで過剰な自意識はなかった。自分より相庭の方がずっと戸惑っているせいだろう。それに、椎名もまだ失恋のショックから解放されたわけではないのだ。
天秤に掛けられて、自分は「いらない」方に分類されてしまった人間なのだと、また無意識に思い出してぶるりと震える。静寂が訪れるたび余計なことを考えてしまうのは、もう日課のようなものだった。
腕の中に収まった人肌の温もりが心地良くて、更に強く抱きしめた。後ろから項に鼻先を擦りつけると、相庭の匂いに包まれる。たったそれだけのことで不思議なくらい安心して、椎名の意識はすぐに深い闇の底へと落ちていった。
「……寝ちゃってる。ったく、信じらんない」
相庭が震える声で呟いたことなど、椎名には知る由もない。夢の淵でぼんやり、こんなにドキドキしない添い寝は初めてだと、他人事のように思っていた。
元旦は寝正月だった。
茄子も鷹も登場しなかったが、初夢では大好きな富士山に相庭と二人で登っていたことをしっかり覚えていて、目を覚ますなり気分は最高潮だった。思わず相庭に報告しそうになり、慌てて口を噤む。「話す」は「離す」と同じこと。正夢にしたいなら誰にも話してはいけないのだと、なんとなくだが知っている。椎名は相庭に聞かせる代わりに「実現しますように」と心の中でこっそり願った。
その日は深夜に初詣を済ませてしまったせいで、寒い中外に出る気力も湧かず、結局相庭を抱いたまま昼過ぎまでベッドの中でゴロゴロと過ごした。
なかなか甘えてくれない相庭とは逆に、椎名は新しい恋人の体温を覚えてしまった。これまでの恋愛と同じようなときめきはないが、温もりを知ることでパーソナルスペースは縮まる。触れ合うことが当たり前になれば、心も自然と近づいていくのではないかと期待していた。
相庭には「恋愛なんて、努力して好きになるものではない」と怒られてしまいそうだが、努力してでも側にいたかったし、そうする価値があると椎名は思っていた。
相庭とはそのあとも、体の繋がりがないだけの親しい関係性を続けていた。
釣った魚に餌をやらないようなタイプには見えないのだが、彼はなかなか恋人らしい反応を返してくれないうえに、甘い言葉も口にしない。友人だった頃は、なんのてらいもなく人を褒めてのぼせ上がらせる天才だったのに。
男性の恋人を持つのは初めてで勝手がまるでわからない。
告白されたのは自分なのに、椎名の方がつれない相手を追いかけている気分だった。
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