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第10話

「キスしていい……?」 「……へ?」  自然に欲求が湧いてきたことが自分でも嬉しかった。戸惑う相庭に構わず、強引に引き寄せてキスをした。  調子にのって唇の隙間を舌でなぞった時、思い切り腕を突っ張って距離を取られた。周囲を見渡し、人目がないのを確認してからもう一度口付ける。そのうち相庭の緊張が解け、口内をまさぐる椎名の舌をされるがままに受け入れた。  くぐもった吐息を漏らす相庭に煽られ、離れがたく感じたが我慢してキスを終える。手足も身体も冷え切っていた。 「雪の中の花火、綺麗だったな」 「うん」  帰り支度をしながら「罰ゲームが楽しかった」とこれみよがしに呟くと、相庭は恥ずかしそうに下を向いてしまった。 「ここでお別れだな」  羞恥心を追いやるように、相庭が恋人同士の空気をぶった切って、さっさと別れようとする。慌てて家まで送ると声をかけたら、相庭は途端に不機嫌さを滲ませ、振り返りながら言った。 「だめ! こんな寒い中送るのはなし!」 「でももう友達じゃないんだし、送るくらい――」 「じゃあいいよ。俺が送ってく。椎名は忘れてるかもしれないけど、俺だって一応お前の彼氏なんだよ」  言われた言葉にきょとんとする。彼氏ぶろうとして、逆に自分もそうだと主張されるなんて予想外だった。 「行きは迎えに来させちゃったし、帰りは送る。それでイーブンだろ。ほら行くよ」 「いやいやいや、ちょっと待って相庭」 「なんで? 彼氏なら送って当然でしょ」  相庭は素早く背を向けて椎名の自宅方向へと足を向ける。イーブンなんて勝負じみた色気のない言葉に、けれど対等な存在でいたいという彼の気持ちが見えて、椎名はハッとした。 「待って! あの、ごめん! 送んなくていいから!」 「なんで送らなくていいの?」 「だって寒いから……その、風邪とか心配だし」  しょぼくれた犬のようにしおしおと前言を撤回すると、相庭は顰めていた顔を反則的なほどふわりと綻ばせた。 「……うん、ありがとう。俺も椎名が心配だからまっすぐ帰ってくれる?」  完全に相庭の意図する着地点へと誘導されたに違いない会話だった。でも椎名を思うが故の言動だと思うと、じわじわと温かい気持ちが満ちてくる。ズレた立ち位置を修正されるのは新鮮なことだった。 「そうだよな。わかった。ごめん」  首を横に振って、相庭は嬉しそうに目を細めた。ちょっとした表情の変化にいちいち見惚れてしまう。対等であることをこんなに喜んで貰えるなんて……。 「なんか彼氏ってすごいな」  付き合ってみなければわからないと自分で言っておきながら、椎名は今更そのことを痛感していた。彼氏という存在に対する誤算。  若奈に感じた運命のような恋とは違うけれど、こんな形の恋愛も悪くない――。

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