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第11話
椎名自身少し浮かれている自覚はあった。キス以上のことをしてみたいという淡い期待もあり、翌日は相庭を部屋に誘った。
「相庭お疲れ」
キャンパスの入口に現れた相庭と合流して歩き始めると、前方から小学生ぐらいの男女がこちらに向かってくるのが見えた。
――あれは多分両想いだな。
微笑ましい目で眺めていると、会話に興奮した幼い少女が嬉しそうにピョンピョン飛び跳ね、その拍子にカバンにくっつけていたキーホールダーを落としてしまった。
コロコロと転がっていくそれを取り戻そうと、隣にいた少年が車道に飛び出した瞬間、椎名は咄嗟に地面を蹴った。
少年の後方に迫っていた乗用車が急ブレーキを踏む。耳障りな摩擦音が大きく響いたのと同時に、走り込んで少年を突き飛ばした椎名の体に衝撃が走った。
「椎名っ!!」
引きちぎられそうなほど歪んだ悲鳴が、朦朧とする意識の外側で聞こえる。二メートル以上吹き飛ばされた体が、ぶつかった衝撃でギシギシと痛んだ。顔を上げるのさえしんどかったが、頭の中はやけに冷静で、少年は助かったかな、もし警察が来たら飛び出した自分の方が不利だな、などと考えていた。
「椎名大丈夫か!? 椎名……!」
「……いっ、た!」
「……っ! 椎名!」
呻いた瞬間、飛びかかるような勢いで覗き込まれ、椎名はようやく顔を上げた。
自分よりも真っ青な相庭をこれ以上心配させまいと、むりやり上半身を起こす。
「ちょっと、ぶつかっただけだから……大丈夫」
眉を寄せながら笑ってみせると、相庭は唇を噛んで沈黙した。立ち上がろうとする椎名を無言のまま支える手の温もりに安堵し、体重を預ける。
「……サンキュ。あの子は怪我してないかな」
振り返ると、擦りむいた膝を少女にハンカチで拭われながら、少年が泣きそうな顔でお辞儀をした。大事そうにキーホルダーを握り締め、ごめんなさいとありがとうを繰り返している。
心配はいらないと示すように微笑むと、少年はようやく安心した表情を浮かべ、微かに笑って去っていった。
おろおろとこちらを見ていた運転手にも、飛び出して悪かったと謝り、体を支えられたままその場を後にした。
自宅まで辿り着くと、相庭が優しい手つきで――しかし怒りを滲ませながら、無言のまま応急手当をしてくれた。なにか怒っているのかと聞けば、「いい加減にしろよ!」と珍しく感情的に怒鳴られる。
――なんで? 人助けしたのに?
きょとんとしていると、それすらも気に入らなかったようで、相庭の目つきが険しくなった。
「椎名はいつも他人のことばっかり! ヘタしたら死んでたかもしれないんだぞ!」
怒りに任せて言葉をぶつけながら、相葉はぽろぽろと涙をこぼし始めた。感情のコントロールが全くできないその姿から目が離せなくなる。
「椎名のそういうとこ嫌いだ! どんなに良いことをしても椎名自身がないがしろにされるんじゃ全然意味ない。『他人のため』は『他人のせい』だ。少なくとも俺にとっては……っ!」
言われてハッとした。
――ああそうか。いいことをしても、大事な人を悲しませて自分を投げ出すんじゃ意味がないんだ。おそらく相庭は今日のことだけを言っているのではない。彼の態度を見れば、蓄積した感情がきっかけを得て吹き出したのだと容易に想像できた。相庭は本当によく見てくれている
「椎名ごめん。今のナシ。興奮して余計なこと言った」
「なんで謝るの? 今言ってくれたこと俺は嬉しかったよ。心配かけてごめん」
興奮したことを恥じているらしく、瞳を潤ませて真っ赤になったまま、相庭は首を左右に振る。
「……あのさ、俺がいたらゆっくり休めないだろ。そろそろ帰るから、なにかあったらすぐ電話して」
逃げるように立ち上がろうとした相庭の腰に、慌ててしがみついた。なぜこのタイミングで離れていこうとするのか。近づけば近づくほど離れていく相庭が恨めしい。
「……帰すつもりないんですけど」
「し、椎名……?」
強引に抱きしめて耳元でそう告げると、相庭はあわあわと狼狽えて、腕の中から逃れようとする。心配して怒ってくれる姿を愛おしいと感じたばかりなのに、次の瞬間にはさーっと引いてしまうその態度に、椎名は振り回されっぱなしだった。
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