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第13話
車に衝突したのに浮かれまくって放置した代償か、翌日目を覚ますと体中が鈍い痛みを訴えた。
よく見るとあちこち青痣になっており、足首に至っては捻挫すらしているかもしれない状態だった。命の危険はないとしても一度病院に行っておくべきだろうと、その日の午前の講義は諦めた。
相庭にSNSで病院に行くことを伝えると、【エライ】と一言だけ返ってきて小さく笑った。彼はきっとメッセージのやり取りはあまり得意ではないのだろう。普段は細やかなのに、SNSが相手だと途端に素っ気なくなってしまう。そんなギャップも可愛いな――などとニヤニヤ考えながら病院に向かう自分を客観視して、「あーあ、もう完全に惚れちゃってるな」と椎名はひとりごちた。
結局右足首を捻挫していたらしく、テーピングでぐるぐる巻きにされた。見た目は派手だが、軽度で済んだため一週間もすれば完治するのが不幸中の幸いだ。
レポート提出とテストが控えているため、アルバイトの予定を入れていなかったのも都合が良かった。
「当分は大人しくレポート作成するか……」
捻挫していたことをSNSで追加報告すると、相庭から【絶対安静】とまた一言だけ返ってきた。いつもの口うるさい姿とこのギャップはなんだろうと、椎名はひとりでクスクス笑った。
捻挫と付き合いながらでは、キャンパスに顔を出すだけでも大変だった。
相庭はどうやら忙しくしているようで、あれ以来挨拶程度しか交わせていない。SNSだけでコミュニケーションを取る日々は、椎名にとってひどく退屈でつまらないものだった。
一週間が経ち、ようやくテーピングが取れて自由に歩き回れるようになったが、相庭とすれ違う日々が続いて不満ばかりが募っていた。
いい加減二人でゆっくりしたい。家に呼んで一緒にご飯を食べて、同じベッドに寝転がって、キスもしたいしそれ以上のことも――と考えていた時、上着のポケットに入っていた携帯電話が震えた。
もしかして相庭かも――はやる気持ちでスリープボタンを押すと、ポップアップ通知に表示されたのは、かつての恋人の名前だった。
【田村若奈:フミくん元気にしてますか?】
他人行儀に始まって一文で途切れた通知を、おそるおそるタッチする。田村若奈という字面を見るだけで、心臓が変に脈打った。
【フミくん元気にしてますか? 私はあれからずっとフミくんのことが気になっていました。今更かもしれないけど、どうしても直接お話したくて連絡しました。明日、もしよかったら時間をもらえませんか?】
開封すると、やたら遠慮がちで丁寧な文章が表示された。別れた時の状況を考えれば気後れしてもおかしくはないが、今更なんの用事があるというのだろう。
かつては笑顔を見るだけで癒されて、名前を呼ぶだけでドキドキして、声を聞くだけで幸せだった。それほど焦がれた相手を失った苦しさがありありと蘇る。正直かなり気が重い。でも、こんな風にわだかまりが残っている以上、逃げることもできないと思った。
【久しぶり。こっちは元気です。明日15時以降ならいいよ】
変に緊張しながら送信ボタンを押すと、すぐさま【ありがとう。じゃあ15時以降に】というメッセージが返ってきた。しばらくトーク画面から目が離せず、ただぼんやりと数行ほどのメッセージ履歴を眺めていた。別れた過去なんてなかったかのような自分の返信が薄ら寒くて、自嘲しながら大きく息を吐き出す。指先の感覚がないのは寒さのせいか、それとも――。椎名はそれ以上考えるのを止めた。
タイミングが悪い時は、なぜ見計らったように悪いのだろう。
翌日昼過ぎに講義を終えると、相庭から【一緒に帰ろう】というメッセージが入った。待ち望んでいたはずのお誘いメールが今は少しも嬉しくない。これから若奈と会うのだと思うと、ひどく後ろめたい気持ちになった。
【ごめん。今日は予定があるから】
スタンプを押す余裕もなく、いつもより明らかに簡素なメッセージを一つだけ送り返し、携帯電話をポケットに突っ込んだ。
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