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第15話

「若奈ごめん。俺ちょっと混乱して……」 「……ううん、いいの。突然ごめんなさい。ゆっくり考えてもらえればいいから。私のこと信じられないかもしれないけど……ずっと待ってる」  若奈は多少覚悟をしていたのか、それ以上無駄な話をすることなく立ち上がった。ふわふわのラビットファーがついた白いコートを、来た時と同じように羽織って椎名の部屋から出て行く。出会い頭に見とれたはずのその姿が、今はなぜだかぼんやり霞んで見えた。  【今日はありがとう。連絡待ってるから】  数分後に届いたSNSのポップアップ通知を一瞥して、開封することなくスリープボタンを押す。椎名は大きく溜息をついてベッドに仰向けに寝転がった。さきほどの出来事を無意識のうちに何度も反芻し、また溜息をつく。  若奈に抱く感情はいつも鮮やかなほど激しくて、今日もその熱を思い出しはしたけど、やけに鈍っていた。戸惑いだけが原因じゃない。すべて素通りしていったような妙な感覚だった。それなのに若奈に対して綺麗だとか、嬉しいだとか、そんな感情が当たり前のように湧いてくるのが嫌で仕方がなかった。  ――私のこと幸せにしてくれるのはフミくんしかいないって思ったから……。  ふと先ほどの言葉が脳裏をよぎった。懐かしい感覚が舞い戻ってくる。若奈といると常にそうだ。彼女を幸せにするか不幸にするかは椎名次第。彼女を楽しませるかどうか、満足させるかどうかも、全ては椎名の甲斐性にかかっている。全責任が椎名にあるのだ。  若奈は別に間違っていない。世の中の女性たちは男性に幸せにしてもらおうと考え、男は好きな女を幸せにしてやることで自信を持つものだ。つい二か月前までは、椎名も「絶対に自分が若奈を幸せにしてやるんだ」と意気込んでいた。だからあの言葉は、少し前までの椎名ならそのままプロポーズしてしまうくらい魅力的に聞こえただろう。だけど――。 「そんなのおかしいだろ……」  椎名の中ではいつの間にか全く違う価値観が芽生えていた。例えば恋人としてのあり方だったり、互いに想い合うことや大切にすることの意味を、この一ヶ月で身をもって知った。そこにはいつだって相庭の存在があったのだ。  相庭なら絶対に幸せにしてもらおうなんて考えない。幸せにしてやるなんて言おうものなら、きっと腹を立ててこう言うだろう。  ――じゃあ俺がお前を幸せにする。  そうなると互いの主張は止まらない。ああだこうだと押し問答を続けて、最終的に「じゃあそれぞれ自分で幸せになろう」というところで落ち着く気がする。そうに違いない。 「ふはっ」  想像するとおかしくなってつい吹き出した。声まで聴こえてきそうなほどリアルな想像だった。そして思い描いたその光景があまりにも幸せで胸が詰まった。  自分はもうこんなにも若奈と違う目線で物を見ている。これ以上互いの人生が交わることはないだろう。若奈を眩しく思う感情は、今この瞬間感じているものではなく、過去の自分が反応しているだけなのだと、椎名はハッキリ自覚した。  ――俺は相庭が好きだ。いつの間にかこんなに好きになってるなんてな……。  相庭の怒った顔が好きだ。相庭の紡ぐ言葉が好きだ。相庭の目線で見た世界が好きだ。相庭を好きになった自分が好きだ。――相庭のいない世界なんて考えられない。  無性に声が聴きたくなり、椎名はすぐさま携帯電話を立ち上げて通話ボタンを押下した。呼び出し音が途切れたのを見計らって、相庭が喋り始めるより先に「もしもし」と声をかける。――しかし、はやる気持ちとは裏腹に、電源が入っていないことを告げるアナウンスが淡々と流れ、水を差されたような気分になった。 「くっそー、なんでこのタイミングで!」  文句を言いながら頭上にあった枕を引き寄せ、ぼすぼすと気が済むまで拳をくらわせる。そのうち寂しくなってきて、恋人の代わりに胸に抱え込んで力いっぱい抱きしめた。  そういえば今日は朝からずっとタイミングが悪かった。これも狂った歯車の呪いかとぶつくさ言いながら、しかし椎名は深く考えることなく、繋がらない電話をベッドサイドに放った。

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