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第16話

 不貞腐れながら眠ってしまった椎名は、朝日の眩しさと鳥の鳴き声で目を覚ました。開ききらない瞼をこすり、今にも充電の切れそうな携帯電話を引き寄せて画面を覗き込んだ。  メッセージ通知は一件もない。むうっと顔を顰めて布団の中で溜息をつき、SNSアプリを起動する。日課になっている【おはよう】のメッセージを打ち込んで、ブサイクな熊のスタンプを相庭に送信した。 「相庭ケータイほったらかして何してんだろ……」  おはよう、おやすみ、のやりとりは毎日のことだとわかっているのに、昨夜椎名が【おやすみ】メッセージを贈らなかったことに、相庭は疑問を持たなかったのだろうか。なんの連絡もないということは、気にも止めていないということなのだろう。相庭自身がマメでないことは承知しているが、自分がほったらかされているようでなんだか面白くない椎名だった。  レポートの提出期限が迫っているというのに、キャンパスでも相庭の姿を見かけることはなかった。テストを終えてすぐSNSを起動させたが、メッセージの横に既読通知は表示されていない。 「読んでない……」  なにかあったのだろうか。昨日から連絡できないうえに学校に来られないとなると、考えられるのは病気か怪我か。そう思い当たった途端、椎名は急に落ち着かなくなった。相庭の身にもし何かあったとしたら……。何も知ることができないのが不安で、せめてどうしているのか知りたかった。  夜になっても相庭からはリアクションの一つもなく、そわそわして何をやっていても落ち着かなかった。何事もなければいいが――。  連絡が途絶えた相庭のことを思いながら、次の日も悶々と過ごした。なぜ実家の電話番号を聞いておかなかったのかと今更後悔しても遅い。この日も大学で彼の姿を見ることはなかった。  念のため顔を合わせた斎藤に、相庭と連絡をとっていないか尋ねたが、「別に。なんかあったの?」と逆に聞き返された。  土日を挟み、月が変わってもSNSはずっと未読のまま、相庭からはなんの音沙汰もなかった。これ以上じっと待つにも限界を感じ、椎名は直接自宅まで様子を見に行くことにした。  家族と暮らす家を訪ねるのは緊張したが、そんなことを言っている場合ではない。ドキドキしながらインターホンを押すと、「はあい」と朗らかな声で返事をしながら、相庭の母親らしき女性が玄関の扉を開けた。 「……あっ、こんにちは。俺、相庭くんと同じ大学の椎名といいます!」  恋人の家族だと思うとどうにも緊張してしまって、早口でまくし立てるように挨拶をする。女性は気にした様子もなく、にっこりと愛想のいい笑顔をのぞかせた。 「あら、忍のお友達ね。こんにちは。何かご用かしら? あの子今日は外出してしまって……」 「あ、いいえ! あの……忍くんとここ数日連絡がとれなくて、電話も繋がらないし、メッセージを送っても読んでないみたいで、なにかあったんじゃないかって……」 「まあ、ご心配おかけしたみたいでごめんなさい。あの子この間の雨の日に、携帯電話を水たまりに落として壊しちゃったみたいなの。ついでに熱も出しちゃって、今朝までずっと寝込んでたんですよ」  連絡がとれなかった理由を緊張感のない明るい口調で説明され、この数日間膨れ上がっていた椎名の不安がようやく柔らいだ。  携帯電話を壊したのと同時に、体調を崩していたなら音沙汰がなくて当然だ。出かけられるほど回復しているというのが一番の安心材料だった。ほっと胸を撫で下ろすと、相庭の母親がクスクスと笑い始める。 「本当に心配してくださってたのね。ありがとう。ちょっと風邪を引いてただけで大したことないんですよ。あの子いつ戻ってくるかわからないんだけど、良かったら中でお待ちになる?」 「いえ、事故にあったとかでなければいいんです。電話が使えるようになったら、また連絡してほしいと伝えてください。俺、今日はこのまま帰ります」 「あらそう? せっかく来てくださったのにごめんなさい。あなたからの伝言は忍に伝えておくから。これからも仲良くしてやってね」 「はい。それじゃあ、失礼します」  深々とお辞儀をして椎名は帰路についた。ここに来るまで抱いていた焦燥感が嘘のように、軽い足取りだった。近いうちに全快した相庭が、携帯を買い換えて連絡をくれるだろう。それまでのんびり待っていればいい。

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