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第17話

 ――なんて悠長に構えていたが、それから一週間経っても二週間経っても全く便りがないまま、とうとう一ヶ月が過ぎてしまった。相庭が不精なことは知っているつもりだが、流石にヘンだと思わずにはいられない。  無意味だとわかっていながらSNSのトーク画面を開く。最後に押した熊スタンプの横に既読の文字は追加されていない。椎名の押したスタンプやメッセージばかりが、読まれることなく寂しげに並んでいて、浮かれていた過去の自分が滑稽に思えた。  もしかして電話帳のバックアップデータをとっていなかったのだろうか。そうだとしたらこんなに連絡ができないのも無理はない。でも、だったら直接訪ねてきてくれてもいいんじゃないか? 自分たちは恋人同士なんだから、普通はそれぐらいするんじゃないだろうか。これじゃまるで一方通行だ。  そう考えた瞬間、鳩尾がヒヤリとした。  ――一方通行はまずい。若奈に別れを突きつけられた瞬間の一方的な状況を思い出し、手先が痺れたように感覚をなくす。もしかして自分は、今まさにあの時と同じ状況下にいるのではないか。相庭はとっくに携帯を新調して、あえて自分への連絡を避けているのではないか。  ぐるんと天地がひっくり返る。ベッドに倒れ込んだ椎名は、掛け布団を抱き寄せて背中を丸めた。想像するだけでしんどくて胸を掻き毟りたくなる。あの時と同じことが相庭との間に起こったら……彼にまで「いらない」方に分類されてしまったら……。  ――この部屋、最後に来た日のままだね。  ぐるぐるマイナス方向に物事を考えていると、忘れていた若奈の言葉が脳裏を過ぎって、鳩尾の辺りがまたズシリと重くなった。頻繁に訪れていた相庭の痕跡が全く残っていないのだと、彼女に指摘されるまで気がつかなかった。たまたまかもしれない。でもゲイだとかノーマルだとかの違いで、てんから一線引かれているのは薄々感じていた。椎名が思っている以上に自分たちの繋がりは希薄だったのだと、部屋の状態が物語っている。  失うことを想像して怖くなった。こんな時は決まってコンプレックスが悪魔のように顔を出す。『お前なんかに大した価値はない』と。 「…………うるさい」  例えそうだとしても、まだ決定的な何かがあったわけじゃない。相庭はいつだって自分を尊重してくれたし、気に入らない時は気に入らないとハッキリ怒ってくれた。最後まで喧嘩一つしてこなかった若奈とは違うのだ。  話をすればきっとどうにかなる。そもそも考えすぎの可能性だってある。ネガティブに落ちていく意識をなんとか持ち直した。  携帯電話に手を伸ばした椎名は、ロック画面に表示された富士山の写真を見つめた。中腹から雲を纏いつつも、頭のてっぺんを見せたままそびえ立つ雄大な姿が、椎名に勇気をくれる。山を人のように思うのはヘンかもしれないが、常に堂々としている器の大きな人間になりたくて、富士山に憧れていた。その富士山に相庭と二人で登る夢を見たのだから、実現させるためにもコンプレックスなんかに負けている場合ではない。  椎名は一度も来ることのない相庭からの音信を待ち続け、とうとう四月を迎えてしまった。  二ヶ月近く顔を見られなかったせいで、相庭の存在感はふわふわと頼りないものになっていたが、大学の講堂で姿を見かけた瞬間、ようやく悪夢から解放された。会える気がしない、話せる気がしないという妄想に近い怖れは、相庭が同じ空間にいるというだけで簡単に吹き飛んだ。  講義が終わるなり、脇目も振らず彼のもとへと駆け寄る。 「相庭、ずっと連絡ないから心配したんだぞ! なんでメールも電話もくれなかったんだ」  久しぶりすぎる会話に正直かなり緊張していたが、控えめにふっと笑った相庭の顔を見て肩の力が抜ける。 「あ、えっと、ごめん」 「春休み中どうしてたんだ? 熱出して風邪引いてたって聞いたけど」 「家まで来てくれたのにごめんな。風邪はすぐ治ったんだけど、携帯壊れて連絡先わかんなかったから」 「バックアップデータは? 電話番号変えなきゃこっちからも連絡できたのに……」 「あのさ!」  なんでもない風を装って話す椎名の声を、相庭が遮った。表情が硬い気がして胸がざわつく。 「話があるから移動したいんだけど、いい?」  不自然な誘い方にビクリとした。話がある――という言葉は心臓に悪い。若奈と別れた状況をそのままなぞっているようで、呼吸が浅くなる。

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