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第18話

 なんとか返事をすると、相庭は無言のままキャンパスの敷地内をズンズン移動し始めた。慌てて背中を追いかけて人気のない場所まで辿り着くと、やっと振り返った彼は、連絡もしないで電話番号を変えたことを椎名に詫びた。  ――まさか番号まで変わっていたなんて。初めて知った事実に打ちのめされる。動揺を押し隠し、椎名はなるべく軽い口調で話を続けた。 「……今新しい番号教えてくれればいいよ。何かあった?」 「その……、連絡先は交換してくれなくていいんだ。前にも言ったけど、俺、椎名の友達にはなれないから」  言われたことが全く理解できず、椎名は首を傾げた。付き合っているのに、どうして今付き合う前と同じやりとりを繰り返しているのだろう。 「……なに、それどういう意味」 「別れるって言うとちゃんと付き合ってた訳でもないのに変かもしれなけど……もう終わりにしたい」 「え……」  間抜けな掠れ声が、椎名の意志と関係なく唇の隙間から滑り落ちた。ガンッと物凄い力で頭を殴られたみたいに激しい衝撃が襲う。  ――ちゃんと付き合ってた訳じゃないって、言った? あれ、俺が付き合ってって言ったら、相庭はオッケーしてくれたんじゃなかったか……? 俺、なんか勘違いしてた……?  静かにパニック状態に陥っている椎名に、相庭はこれ以上話すことなどないという態度で、ヒラリと手を振った。 「これからもキャンパスで顔を合わせるだろうけど、気なんか使わなくていいから。話はそれだけ。……じゃあもう行くね」  呆気なく掌からすり抜けていこうとする相庭にカッとなり、思い切り腕を掴んで引き止めた。このまま逃がしてしまったら、もう一生まともに会話すらできない気がする。  腕が痛いと訴えられ、力の加減もできないほど必死な自分に気付いて、椎名は掌の力を緩めた。しかし触れていないと消えてしまいそうで、完全に手を離してやることはできない。 「いろいろ頭が追いつかないんだけど、別れるとか、その……付き合ってた訳でもないのに、ってどういうこと? 俺達付き合ってなかったのか」  時々つっかえながら疑問を口にすると、相庭が一瞬意外そうな顔をして、ためらいがちに返した。 「あ、ああ……。付き合ってたって言っても仮だろ。失恋のせいで混乱してたのはわかるけど、俺相手にお試しなんて始めから無理があったよ」 「相庭を試してたつもりなんかない」  全く意図していなかったことを指摘され、咄嗟に大きな声が出た。相庭は少しも信じていない目をして呆れたように笑う。 「付き合ってみるって自分から言い出したの忘れた? ……まあ、好きでもない人間とお試しで付き合ったのは事実だから。今までのことは全部なかったことにして、明日からはお互い遠慮なく、好きなようにやっていこう」  突きつけられた言葉がズシリと重くのしかかる。相庭が言っているのは全て事実だ。好きでもないのに告白して、好きでもないのに付き合って、その皺寄せがこんなところにくるなんて想像もしていなかった。弱くてズルい過去の自分に首を絞められる。だけどそれは真実のようで真実ではなかった。 「勝手に完結させるなよ。さっきから勝手に過去の話にされてるけど、相庭にとっては終わったことなのか? 俺のことはもう好きじゃなくなった?」 「……そもそも始まってすらなかっただろ」  相庭は乾いた笑みを貼りつけたまま軽く肩をすくめた。本当に少しも信用されていないのだと思い知らされて愕然とする。エゴを優先させて、寂しさを埋めるために付き合わせた代償がこれなのかと思うと、自分のバカさに呆れて嫌気がさした。勝手に盛り上がって、大切な人に言葉の一つも与えず、こんな顔をさせたまま一体何をしているのだろう。  椎名は大きく息を吐いて、真っ直ぐに相庭を見つめた。 「……そうかもしれないな。わかった。確かにこのまま一緒にいるのはよくないと思う。だから、終わりにしよう」
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