19 / 22
第19話
これまでの関係にピリオドを打つと、相庭は半歩後ろに足を引いて「ばいばい」と別れの言葉を口にした。
「待って。この後、まだ講義ある?」
間髪入れず被せぎみに言う。相庭は苛立ちを隠しもせず、素っ気ない声で「講義はないけどもう帰りたい」と言う。冷たい態度を取られるのは分かっていたから、椎名はめげることなくその腕を掴み、他にも話があると言って強引に相庭を攫った。悪いが他の誰を逃したとしても、相庭だけは逃してやるつもりなどない。
どうにか腕を振り切ろうとして暴れる相庭を、思い出の公園まで引きずって行った。この場所で告白をして、この場所で初めてキスをした。それが全部相庭の中で苦い記憶になっているのだとしたら、絶対に耐えられない。
椎名は相庭を連れて四阿に向かい、石のベンチに並んで座るよう促した。
「今までごめん」
「……いいって。謝られると惨めになるだろ」
相変わらず頑なな相庭の態度に、どうすれば自分の気持ちが伝わるのかわからず考えこむ。小さな沈黙を彼はどう解釈したのか、先ほどまでの鋭い空気を引っ込め、吹っ切れたように言った。
「あのさ椎名……おめでとう」
突然の祝福に椎名はきょとんとした。今までの会話のどこに祝うべき要素があったというのだ。
「若奈ちゃん戻って来たんだろ。二人でじっくり話し合えば、今度こそ結婚も実現すると思う。よかったな」
「え……なん、で」
相庭が口にした人物の名前に驚き、立ち上がる勢いで腰を上げた。中途半端な体勢のまま相庭の顔を凝視する。もしかして、話が平行線を辿るわけも、連絡なしに電話番号を変えた理由も、全ての原因がそこにあったのだとしたら――。椎名は思わず相庭の肩を掴んだ。
「なあ、さっきの別れ話ってもしかしてそのせいなのか。俺が若奈と会ったのを知って、それで……っ」
「もちろんそれもあるけど、弱みに付け込んで付き合わせたみたいでずっと罪悪感あったし、全部ひっくるめて早く終わりにしないとって」
何もかも誤解され、卑屈なことまで言わせている状況に、これ以上椎名は耐えられそうになかった。言葉足らずなうえ、彼の苦しみを理解しようともしていなかった自分が憎い。
椎名は「思っていることを全部話すから、ちゃんと聞いて欲しい」と真剣に訴えた。相庭がコクリと頷くのを見届け、ゆっくりと口を開く。
「知ってるみたいだけど、春休み前に若奈と会って話をした。もう一度やり直したいって言われて驚いたけど、嬉しいと思ったのも事実だ。突然のことで困惑して、すぐに返事ができなかった。ごめん。でも相庭を大切だって思う気持ちに嘘はなかった」
事実と違う風には取られたくない。でも若奈と会うことを知られたくなくて、彼女を部屋にあげた事実をひた隠しにしたせいで、よりを戻したと勘違いされたのだ。下手な小細工などしないでありのまま話す以外に、今の椎名にできることはなかった。
そっと相庭の手を取り、感触を確かめるようにぎゅっと握りしめる。
「誤解させたみたいだけど、俺は相庭と軽い気持ちで一緒にいたつもりはない。『付き合ってみませんか』って言い方をしたのは、相庭にも選択する権利があるからと――……いや、ごめん、照れ隠しもあったかも」
言葉にすればするほど子どもっぽい自分の言動に頭が痛くなった。体だけ成長した小学生のような男に、相庭はもう愛想を尽かしてしまったかもしれない。でもきっと真剣に話をすればわかり合える、何度でもやり直す覚悟はあるんだと、椎名は意思を強く持った。始まりがどうであれ、今自分が彼を好きだと思う気持ちに偽りはない。
「そんなに真剣に考えてくれてたの知らなかった。ありがとう」
想いの片鱗が伝わったのか、相庭はこの日初めて力の抜けた笑顔を見せた。重ねたままの手を条件反射のように強く握り直し、パッと相庭に振り払われる。
「椎名、こういうことはもうするな。別れた相手に勘違いされても困るだろう」
「……もう困ってる」
最初から最後まで勘違いされたまま、どう挽回するか悩み続けている椎名をよそに、相庭は見当違いの言葉を口にした。
「まさか、この期に及んで友達を失うのが怖いのか?」
「……怖いよ。相庭を失うのが」
どんなに関係性が変わったとしても、唯一ブレることのない気持ちを伝えると、相庭は苦しそうに眉を顰め、今度こそ立ち去ろうとした。
慌てて椎名も腰を上げ、振り払われないよう相庭の腕を両側からガッシリと掴む。ここに来た理由をわかってもらわないと意味がない。意を決して一番大事な気持ちを言葉にした。
「好きです。俺と付き合ってください!」
ともだちにシェアしよう!