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9.
歩道の両脇を照らす灯篭。微かに聞こえるお囃子。初夏の夜特有のむわりとした熱気に包まれ、浴衣を纏った人々が過ぎて行く。
「委員長、こっち」
手招きする藤堂は、僕が来ることを微塵も疑っている様子のない顔で。散々悩んだこちらとしては腹立たしい。
(……まあ、結局来たんだけど)
彼の思惑通りに動いてしまった自分にため息をつき、せめてもの報復として「委員長はやめろ」と睨んだ。
「ん…じゃあ、司乃」
まず名前を知っていたのか、というよりも。
「……嫌だ」
「何で」
しの、という響きは、ともすれば女の子のようで。小さい頃から厭うべき対象だった名前は、出来れば呼ばれたくない。言い淀む僕の気持ちを知ってか知らずか、ふと笑った藤堂。
「じゃあ尚更良いだろ」
「はあ!?」
「おら、行くぞー」
そこまで僕に嫌われる道を選ぶのか、と。僅かに痛む胸を黙殺し、すたすたと階段を登り始める背中を慌てて追った。
「やっぱり器用なんだな」
あれから射的、輪投げ、ヨーヨーすくい、果ては金魚すくいまで。ありとあらゆる屋台を回って、めぼしい食糧も買い込んだ。
「司乃がどんくさいだけ」
「お前な……」
人が珍しく素直に褒めたというのに。細くなった瞳から逃げるよう、手元の焼きそばに視線を落とした。
人通りの少ない、建物裏のベンチ。しばらく流れる静寂を破ったのは藤堂だった。
「…これ」
「うん?」
「金魚」
突き出された、袋。水と共に優雅な泳ぎを見せる2匹の金魚。揺れる水面に反射する赤色が綺麗だ。
「やる」
「…え」
「生き物禁止なんだよ、ウチ」
嘘か本当か分からない言葉と共に押し付けられた袋。たぷん、と揺れるそれを受け取って目の前にかざす。
「僕が断ったらどうするつもりだったんだよ」
「断らないだろ」
驚いて隣を見る。静かに笑った藤堂は、僕の知らない顔をしていて。
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