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18.

翌朝。いつもより少しだけ早めに登校した教室に、やはり正木の姿はなかった。 昨日の放課後に送ったメッセージはまだ読んでいないようだ。舌打ちをしたところで朝のホームルームが始まる。 「えー、今日の休みは正木だけだな」 「委員長お休みなんですか?」 「風邪気味らしいと親御さんから電話があったぞ。文化祭も近いし、みんな無理しないようにな」 担任へ問いかけたのは衣装のことを話してくれた女子で。ざわつくクラスを横目に、ある決意をする。 授業が全て終わり、放課後に入ろうとする時間。各々が帰り支度をする中、教壇に上がった。クラス中の視線を受けながら口を開く。 「悪い。部活あるやつも、少し残ってくれないか」 正木と違いあまり前に出ることがない俺の言動を訝しみながらも、手を止め足を止めるクラスメイト。 単刀直入に斬り込んだ。 「正木の体調不良は、文化祭の準備を1人で請け負いすぎてるからだと思う」 ぐるりと見渡せば、賛同するかのように僅かながら頷く女子達。ぽかんと口を開ける男子を向いて続けた。 「いくらなんでも任せすぎじゃねえのか。自分達も分かってるだろ?」 ややあって「まあ、それは…」「うん…申し訳ないことしたな」とバツが悪そうに俯く男子。そんな中、明らかに不機嫌そうな様子で1人が口を開く。 「確かに大変そうだけど、正木も好きでやってんだからさあ…俺らだって人間だし、やっぱり楽できる道があればそっち行くわけよ」 「その『俺ら』に正木は含まれてないとでも?アイツの好意に甘えて無理を強いてるってことを理解しろ」 ぐっと押し黙った彼は、それでもなお言い募る。 「…だ、だいたい、途中からまともに登校するようになったお前に言われたくねえ!クラスのことなんて分からないだろ!」 「だからだよ。内輪の人間には最早これが当たり前になってるんだろうな。けど途中参加の俺からしてみれば『異常』の一歩手前だぞ、…このクラスは」 しん、と静まり返る教室。 これでアイツが楽になるのなら、嫌われ役を喜んで買って出よう。けれど俺がいくら理論的な演説をしたところで本当の納得には繋がらないと知っている。最後はきちんと自分の口から伝えるべきだということを。 伏せた目を上げれば、同意の意を示したクラスメイトがほとんど。 「正木は頼られることに価値を見出す傾向が人一倍強いのも事実だ。一方的に責める形になって悪かった。ただ、副委員としてよりも、いち個人として少し言っておきたくて」 「わ…私達、正木くんが嫌いだから押し付けたとかじゃないの…」 「いつもいつも悪いなと思ってたんだけど、嫌な顔せずに引き受けてくれるから…でも正木がどんな気持ちでいるかなんて考えたことなかったな」 泣きそうになる女子、頬を掻いて俯く男子。大多数の様子を見届けて、教壇から降りた。 「いずれ本人からも話したいことがあるって言われるだろうから。その時に伝えてやれよ、きっと喜ぶ」 そう告げれば、心做しか晴れやかになった表情のクラスメイト達。そんな中、先ほど反発してきた1人とその取り巻きが後ろのドアから出ていくのを視界に捉える。 彼らが引き金となって起こり得るであろう(のち)の混乱を想像し、静かに目を細めた。

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