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19.
「司乃?お友達、来てるわよ」
うとうとする僕の耳に、母親の声が届く。返事をする前に開いた扉に目をやって、逃げ出したくなった。
「失礼します」
「後でお茶持ってくるわね」
「あ、お構いなく」
にこやかに笑みを浮かべる藤堂。悪い予感しかしない。助けを求めようにも、この状況だ。諦めのため息を吐いた。
ベッド脇の椅子に腰掛けた彼は、しばらく黙り込んで。どちらも口を閉ざす静寂が続いた。
「…メッセージ。シカトすると思ったら風邪だったんだな」
沈黙を肯定と受け取ってくれたのならば好都合。本当は、返事をしようと考えたけれど。今以上に呆れられるのが怖かった。
「女子から聞いた。……ミシンのこと」
それも、無駄に終わってしまった訳だ。
元々分担する予定だった衣装を、全て自分で引き受けただけ。バラバラに作業をするのが面倒だったと言えばそれまでだが、何より女子の顔を見てしまえば断る選択肢はなかった。
「…お前が。体調悪いの、気づけなくて」
それきり黙る藤堂。予想以上の落ち込みように、「副委員だからって責任感じなくても」と声をかければ。
「っ、違う!…あ、いや、間違いじゃねえけど……」
食い気味に返ってくる否定の言葉。もどかしそうに、それでいて必死な様子を見るのは初めてだった。いつも迷いがなくて、そんな彼の姿に抱いたのは密かな憧れだったのに。
「…じゃあ、何で」
そこまで気にするのか。問うた視線は、強い眼差しに絡め取られた。ふ、と緩んだ次の瞬間。
「それだけ大事だったから」
躊躇いなく放たれた言葉を受け止めるには、心の準備が出来ていなかった。熱のせいで聞こえる幻聴か、頭がくらくらする。
それ以上音を紡ごうとしない彼と、何も言えない僕。狭い部屋を静寂が支配する。
「正木は必要とされてるよ」
響いた声に顔を上げる。驚く程に深く、形容しがたい色を湛える瞳がこちらを向いていた。いつの間にか詰められていたらしい距離は、もうほんの数十センチ。
ひゅ、と喉が鳴った。頭に載せられた手のひらが温かい。ほろりと零れ落ちた同じだけの熱さを拭って、藤堂が笑う。
「…大丈夫だから。ちゃんと皆に伝えてみろ」
頷くたびシーツに散る涙を見ながら、どこまで風邪のせいに出来るだろうかとぼんやり考えた。
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