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「司乃?お友達、来てるわよ」 うとうとする僕の耳に、母親の声が届く。返事をする前に開いた扉に目をやって、逃げ出したくなった。 「失礼します」 「後でお茶持ってくるわね」 「あ、お構いなく」 にこやかに笑みを浮かべる藤堂。悪い予感しかしない。助けを求めようにも、この状況だ。諦めのため息を吐いた。 ベッド脇の椅子に腰掛けた彼は、しばらく黙り込んで。どちらも口を閉ざす静寂が続いた。 「…メッセージ。シカトすると思ったら風邪だったんだな」 沈黙を肯定と受け取ってくれたのならば好都合。本当は、返事をしようと考えたけれど。今以上に呆れられるのが怖かった。 「女子から聞いた。……ミシンのこと」 それも、無駄に終わってしまった訳だ。 元々分担する予定だった衣装を、全て自分で引き受けただけ。バラバラに作業をするのが面倒だったと言えばそれまでだが、何より女子の顔を見てしまえば断る選択肢はなかった。 「…お前が。体調悪いの、気づけなくて」 それきり黙る藤堂。予想以上の落ち込みように、「副委員だからって責任感じなくても」と声をかければ。 「っ、違う!…あ、いや、間違いじゃねえけど……」 食い気味に返ってくる否定の言葉。もどかしそうに、それでいて必死な様子を見るのは初めてだった。いつも迷いがなくて、そんな彼の姿に抱いたのは密かな憧れだったのに。 「…じゃあ、何で」 そこまで気にするのか。問うた視線は、強い眼差しに絡め取られた。ふ、と緩んだ次の瞬間。 「それだけ大事だったから」 躊躇いなく放たれた言葉を受け止めるには、心の準備が出来ていなかった。熱のせいで聞こえる幻聴か、頭がくらくらする。 それ以上音を紡ごうとしない彼と、何も言えない僕。狭い部屋を静寂が支配する。 「正木は必要とされてるよ」 響いた声に顔を上げる。驚く程に深く、形容しがたい色を湛える瞳がこちらを向いていた。いつの間にか詰められていたらしい距離は、もうほんの数十センチ。 ひゅ、と喉が鳴った。頭に載せられた手のひらが温かい。ほろりと零れ落ちた同じだけの熱さを拭って、藤堂が笑う。 「…大丈夫だから。ちゃんと皆に伝えてみろ」 頷くたびシーツに散る涙を見ながら、どこまで風邪のせいに出来るだろうかとぼんやり考えた。

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