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「っ、すご、い……」 「…驚いたな」 全通しが終わった。劇の出来栄えは――完璧。ふ、と息を吐いた藤堂が頷く。 「出せるレベルまで持っていけて良かった」 「いや、なんか、うん…恐れ入りましたって感じだわ…」 ざわめく教室を見渡して僕もため息をつく。最早こうなってくると、休んだ彼より元から藤堂がやった方が良かったのではないか(など)と思ってしまうから申し訳ない。 「細かい所は本番までに調整しておく」 ちらりと時計を見やった彼が教室の隅に視線を投げる。つられて皆の目も集中するそこには、先ほど呼んできた数人が。 「…で?これを見てもまだ衣装を隠したままでいられるか?」 「え…?衣装…隠す、って」 「まさか…!」 口元を覆う衣装係の女子。隣の友達が肩を抱き、元凶を睨みつける。 「チッ………」 クラスメイトほとんどを敵に回したと悟ったのか、こちらに寄越した盛大な舌打ちはお手本のようで。理科準備室だ、と吐き捨てた彼はそのまま教室を後にした。取り巻きが慌てて追いかけ、そして扉が閉まる。 「…そういう訳だから。急いで回収してくれるか。演者はすぐ体育館に集合!」 藤堂の一言で、夢から覚めたかの如くバタバタと騒がしくなる室内。回収に向かう衣装係をぼう、と眺めてから俯く。 ここ数日、本当の意味で必要とされているように感じていた。けれどそれも、藤堂の前ではただ凡人の独り善がりにすぎないのだと。彼の手にかかってしまえば誰しもが抱くであろう劣等感。 演者ではないにしろ、クラスの順番までには向かわないと。分かっていても虚無に押し潰されそうなこの状態で、足はなかなか動かなかった。 「正木」 ざわめきの中で、たったひとこと。クリアに届いた声はどこまでも優しい。カクテルパーティ効果と名付けられた現象を、まさか自分が体験することになるなんて。 弾かれるように顔を上げると、それはそれは綺麗に微笑む藤堂。 「行こう」 そう言ってまた、価値を与えてくれるから。彼の隣にしか存在意義を見いだせなくなってしまいそうで……いや、きっと。これからの未来は――― うん、と呟いた音は拾ってもらえただろうか。出口で待っていてくれた藤堂に追いついて、追いつけたことが嬉しくて。思わず笑えば、訝しげにしながらもくしゃりと頭を撫でられる。 そうして扉を開き、一緒に踏み出したのだった。 かくして、様々なトラブルを乗り越え。文化祭は大成功のうちに幕を下ろすこととなった。

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