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その言葉を聞いて、クリアになる視野。 いつだって、彼は。 導く者のようでありながら。その実、寄り添ってくれていた。 惚れた弱みとはよく言ったもので。先に気持ちを表した方が負けだと思っていた。けれど、恋愛に勝ちも負けもないのだと――対等な立場で、切磋琢磨できる喜びを教えてもらったから。順番に拘っていた自分が酷くちっぽけに思えて。 「じゃあ――今度も、」 共に歩める未来を見たいと願っても良いだろうか。 まだまだ彼には及ばないけれど、いつか。自信を持って肩を並べられる関係に。 今浮かべているのはきっと、吹っ切れたような晴れ晴れとした表情。その証拠か訝しげにこちらを見やってくる藤堂。 「自分の言葉で…言う。そうしたら、ちゃんと、伝わる…?」 何か覚悟のような空気を感じて、目の前の彼がはっと息を呑む。開いた口から出るのは自分の名前。そんな予想が形を為すよりもはやく、想いを音に――― 「まさ「好きです。藤堂が、好き」……っ、」 真っ直ぐ見据えると泳ぎ出す視線。そのまま顔を伏せた藤堂は、次いで深々と息を吐く。 小さな唸りを喉元で押し殺すことに成功した代償が現れたのは。 明らかな恋情を湛えた瞳。真正面からぶつけられるにはまだ耐性がなさすぎるから。察してくれとばかりに瞬いた。 「…目、閉じて」 案じられた低い声に心臓が高鳴る。ぎゅうと締め付けられる胸を抑えつけながら言われるままにシャットアウトする。心音が届いてしまわないかと、それこそ少女のような思考回路が焼き切れそうで。 「……あ」 空間を割いたのは、ともすれば間抜けにも聞こえる母音。場にそぐわないそれにふと目を開ければ、思ったよりも近い距離にたじろぐ。 そして、 目の前の不良はことさら大事そうに言葉を紡いだ。 「司乃が好きだ。俺と付き合ってください」 答えの選択肢なんて最早あって無いようなものなのに。寸前で問うてくる律儀さがただただ愛おしくて。 ふ、と笑いながら答えを風に乗せた。 「…喜んで」 言い終わるのを待たずして、眼鏡に指がかかる。頬を滑った柔い感触までもが鋭敏に感じられて、仄かな熱が集中したのは果たしてどの部分だろう。 視界がぼやけるせいか、距離が近すぎるせいかは分からないけれど。それでも――― (いちばん欲しい景色は、ちゃんと見えてる) 今も。これからも、ずっと。傍に居られる限り。 重なった2人の影が伸びる屋上を、後夜祭の熱気とあたたかい空気が包んでいた。 Fin. 「告白する前にキスするところだった…あぶねえ」 「…この直情型め」 「ちゃんと言えたからセーフだろ!?」 「先でも後でも、別に…いいよ。同じだけの気持ちをくれるなら、さ」 「っ、司乃…!!」

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