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第5話*
ぼんやり思い出に浸っている間に、交尾は最終局面を迎えていた。
僕の口へ抜き差ししていた男は、そのまま僕の口内へ射精した。青臭くて苦い鼻水のような粘液が飲み込めずに咳き込み、口の端からよだれと一緒に垂らした。舌打ちされて睨みつけると、どこかへいなくなった。
筋肉質の男は自分で茎を扱いて、僕の頬へ引っ掛けた。全然興奮しなくて、ただ生暖かい粘液が頬の上で冷えていくのを感じていた。
後孔を犯す男は、ああ、ああ、と上擦った声を上げ、ふわふわと腰を揺らして、僕の中を漂っていた。あまり気持ちよさはなく、早く終わらないかなと思いながら、手繰り寄せたティッシュで口と頬を拭った。
「集中しろ」
お粗末なファントム男に尻を手で叩かれて、仕方なく力を入れて締め上げてやったら、「うっ」と声が聞こえて、ファントム男は緩んだゴムの根元を押さえながら、僕の身体から出て行った。
今日は男が釣れる割に、手応えがない。
野郎どもの嬌声がそこかしこから聞こえる中、口の中に入ったティッシュのかけらを指先でつまみ出していたら、黒いペストマスクを被った男が横切り、回り込んで僕の右隣に立った。
自然に引き締まった身体は僕の好みだ。ロッカーキーは右足首なのも確認した。今度はいいかも知れない。
ペストマスクの男は、僕の腰へ手を回してくる。適度な親しみがこもっていて、悪い気はしなかった。僕も同じように腰に手を回した。自分の手のひらも悩んだり考えたりする必要はなく、自然に男の肌に触れていた。
言葉を発しなくても、互いの腰に回した手の力加減で部屋の隅に誘われていることがわかり、僕の同意の意思も伝わった。
男は壁に寄り掛かって座り、僕は導かれて男の足の間に座って、その胸に寄り掛かってくつろぐ。
互いの肌がしっとり馴染んで心地いい。体温は近くて熱いとも冷たいとも思わず、風呂に入ったときのように身体の力が抜けていく。後頭部まで顔から上を全て覆ったペストマスク越しに頬が触れ合って、僕はうっとり目を閉じた。
「3人同時に相手をさせていた」
耳許にマスクが触れて、吐息だけで囁かれる。
「うん」
「気持ちよかった?」
「あんまり」
正直に答えると、男はマスクの内側で噴き出した。
「何しに来てるの?」
「掘ってもらいに」
「でも気持ちよくなれない? つまらなそうにティッシュで顔を拭いている姿も見た」
囁く吐息と胸は愉快そうに震えていた。
「そういうときもあるんだ」
「そうじゃないときもある?」
「どうかな」
僕は男の腿から膝へ手を這わせた。膝頭を子どもの頭のように丸く撫で、内腿の滑らかな皮膚を指先で辿って、下着に触れる手前で膝に戻る。
ペストマスクの男は、動き回る僕の手に自分の手を重ねて言った。
「ねえ、店の外へ出よう」
少し甘えたような囁きに、僕はかぶりを振った。
「出ない。僕はこの場限りって決めてる。口へのキスもNG」
男は一瞬思案して、すぐに次の提案をしてきた。
「それなら一度俺を試して。もし気に入ったら一緒に外へ出て」
いつもなら「断る」と一言なのに言えなかったのは、背後から伝わる体温、胸を這い回る手、耳をくすぐるように口説いてくる囁き声、寄り掛かっている胸の広さと逞しさ、全部が僕に安らぎを与えてくれるから。
僕は今まで周防のことばかり考えていたけれど、その鬱屈とした思いから解放されるかも知れない。
このセックスがよかったら、一緒に店の外に出てもいいかも。
「考えてもいい」
不遜な態度で頷く僕の耳に、男は柔らかい吐息を注ぐ。
「ぜひ前向きに検討して」
大きな手が胸を這い、尖った乳首をからかうように引っ掻かれ、僕は胸を突き出した。
「あ……気持ちいい……」
全身を温かく甘い刺激が駆け巡る。
男は僕が反応を示すたびに、嬉しそうに口の中でキスの音を立てた。マスクをしていなければ、僕の頬や首筋にキスをしてくれるのかも知れない。
「ここが好き?」
マスク越しの吐息だけの囁きなのに甘い優しさが感じ取れて、僕は素直に頷いた。
「うん」
またキスの音が聞こえ、すぐに男の指は僕の胸の粒への刺激を再開する。
「あっ、気持ちいい……んん……」
キスの音を聞きながら、僕はどんどん素直になって、男の首の後ろへ手を回し、脇腹を無防備に晒して快感を味わった。
男の大きな手が僕の脇腹をゆっくり丹念に撫でる。
チョコレートが口内の熱で溶かされるように自然に溶けて、男へ身体を預けていく。
「気持ちいい……溶けそう」
うっとりした声で本音が出て、背後の男は小さく笑った。それは呆れというより、僕の反応に喜んではしゃぐような笑みに思えた。
急速に惹かれていく。自分の心境の変化を自覚しても、戸惑うどころか自然なことに思えた。
「来て」
僕は膝立ちになり、目の前の壁に縋りながら、男に向かって熟れた尻を突き出した。
振り返ると男の喉仏が大きく上下に動くのが見え、興奮が下着を大きく膨らませていた。
男はマスク越しに僕の背中へ口づけながら、己にきちんと仕度を施す。性急にならず落ち着いて行動できる姿も好感が持てた。
男は何度か先端を擦りつけて僕に予感させてから、ゆっくりと押し開いてきた。どこまで広げられるのか不安になりかけた頃、ようやく先端が埋め込まれた。
今度はどこまでも侵入してくる剛直に微かな不安が生じたが、男は僕を抱き締め、何度も首の後ろに頬ずりをして、口の中でキスの音を立てて僕をあやした。
ようやく根元まで収めると、男は改めて僕を抱き締め、甘ったるい安堵の息を吐く。
胎内のそれは暴力的とも思える姿をしているのに、僕の内壁は柔らかく絡みついて、触れ合う面はじわじわと溶け合っていく。
「境界線がなくなりそう……」
また耳許でキスの音が聞こえて、男はゆっくり腰を使いだした。僕の肩をしっかり掴み、突き上げる力が逃げないようにして、確実に打ち込んでくる。
粘膜の摩擦から快感が生まれ、押し込まれると満たされる喜びを感じ、引き抜かれると追いすがりたい程の渇望を感じた。
「あっ、あっ、あっ、……あああああっ!」
唐突に内壁の膨らみを押されてだらりと白濁を零しながら絶頂を迎え、それでもなお穿たれて、僕は絶頂を超える快感の苦しさに泣いて許しを乞うくせに、貪欲に男を求めて尻を振った。
男の指が僕の乳首を優しくつまむ。それだけで下腹部が収縮する。
「あっ、また来る。変なのがくる」
男はゆるゆると腰を振りながら、僕の胸の粒を指の腹で転がし、快感の波を起こす。左右の胸と下腹部の3か所から同時に起こる波は干渉し合って急速に高まっていった。
「いく。ああ、ああ、いく、いっちゃう、いくぅぅぅ!!!!!」
全身に力がこもり、炭酸水が駆け巡るような快楽にびくびく震えてから、ゆっくりと弛緩した。
僕が絶頂している間、男は僕をしっかり抱き締めて、外部の視線から守ってくれた。僕はのびやかに快楽の隆起を楽しんで、とても優しい気持ちになった。胎内の彼の存在が愛おしい。
また律動が再開された。触れ合う面が甘く痺れてぼんやりして、僕は気持ちよさに目を閉じる。快楽に意識を集中しながら、愛しさを込めて後ろ手に彼の布に覆われた頭を撫でた。
男は僕の肩を押さえ、腰を抱きながら、呼吸と律動を早くさせた。ああ、ああ、悩ましげに吐き出される吐息が鼓膜をくすぐる。
「はあっ、俺もいきそう」
取り憑かれたように夢中になって腰を振り、最奥をゴツゴツと突き上げられて、僕の身体はまた沸騰する。
「来て。僕もいくっ! またいっちゃう!」
「ああ一緒に、一緒にいこう」
頷いて共に高みを目指し、僕の身体の奥底から快感が噴き出したとき、男も僕の肩を掴んで強く腰を跳ね上げた。
「ああっ、佐和……っ!」
よく知る男の声に、僕は全身の血液が一気に冷え、心臓が凍てつくのを感じた。
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