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第9話*
小鳥の雛を巣に戻してやるようにふんわりとベッドの上に横たえられた。
月色の間接照明がぽっかりと浮かぶ寝室で、クイーンサイズの大きなベッドに並んで寝る。僕たちは視線が合うとどちらからともなく微笑み、相手に向かって両手を広げ、喜びを分かち合う人たちのようにごく自然に抱き合った。
互いの肌は心地よく馴染んだ。耳許には周防の満足げな溜め息が聞こえて、僕も身体の力が抜けていく。
リラックスすると同時に下腹部からふわふわと性欲が湧き上がってくる。周防に腰を抱かれるのと同時に、僕は周防の腰に脚を絡げた。
周防の手は僕の腰を撫で、そのまま双丘のあいだへ中指が滑り込ませてくる。指の腹が窄まりに触れて、僕のそこはひくひくした。
「ん……周防……」
甘えた声を出すと僕は仰向けに寝かされ、バスタオルで覆った枕が腰の下に押し込まれた。
セックスって何でこんな恥ずかしい格好をしなくちゃいけないんだろう。僕は両手で顔を覆い隠しながら、周防の肩に割り込まれるまま折り曲げた膝を左右に開いた。
外気に晒された窄まりに、ローションをまとった周防の指が侵入してくる。ゆっくりした動きで解されて、僕は眉間のあたりがむずむずするような快楽に顔が歪むのを感じた。
「あ……っ、ん……」
指は増やされ、ゆっくり内壁を探られて、僕の意識がそこへ集中していると、不意に萎えていた芯を口に含まれた。
「やあっ!」
僕の意思とは関係なく芯は一気に周防の口の中で膨らみ、敏感な先端を周防の上顎に擦って、全身に電気が走るような快感を得た。
唇の輪と柔らかな舌で扱きながら、後孔の内壁にある膨らみを探り当てられ、僕は頭を左右に振った。
「や、だめ。それはダメ、周防……」
周防は追い詰めない優しさで僕を刺激し、僕は爪先まで痺れる刺激に泣きたい気持ちになりながら、鼻にかかった変な声を出し続けた。
「はぁん、あっ、あっ。周防。んっ! そんなにしないで。すおう……すおう……」
さらには乳首にまで手が及び、なぶられ、つままれ、ねじられて、僕の身体はビクビクと跳ね上がる。
快楽の痺れ薬は僕の全身を満たし、水面張力いっぱいに盛り上がって震えた。
「やっ、もう……いきたい。いかせて、いかせて。すおう、いかせて! すおう!」
爪先が勝手に丸まり、自然に閉じそうになる膝を開き続けるのに必死だった。
膝のあいだで俯く周防は、まるで舌なめずりをする肉食獣みたいに僕の先走りと自分の唾液を啜っている。
「すおう……おねがい……っ」
その亜麻色の髪に向けて手を伸ばすのと同時に、ぐっと内壁の膨らみを押され、僕ははじけた。
「あああああっ!」
細くて敏感な管の中から快感の鎖が一気に引きずり出されるような衝撃を感じながら、僕は周防の喉に精液を放った。
「あっ、ごめん……っ」
周防は喉を鳴らして飲み下し、濡れた唇をぐるりと舐めて再び鎌首をもたげている己を膜で覆う。
先端を埋めると僕の肩の両サイドに手を突いて、僕の目をまっすぐに見ながら腰を押し進めてきた。
「ん……っ」
受け入れる僕は圧倒的な質感と摩擦による快楽の両方で眉間に皺を刻みながら、周防は飲み込まれる刺激に目を眇めながら、全てが収まるまで互いの瞳を見ていた。
周防は詰めていた息を吐き、僕の肩へ額を押しつける。
「ずっとこうしたかった」
その意味を問うより先に周防は僕を穿ち始め、僕は苦しい快楽のるつぼへたたき落とされて、周防の背中へ手を回した。
疾走する周防の肩甲骨の隆起に手を当て、耳元に息遣いを感じる。
ふたりの身体は擦れ合い、そこから快感が噴き出して全身を包む。擦れている場所は温かい泥のような快感に浸されて、僕の頭はふわふわとした。
僕たちに皮膚がなかったら、あるいは水風船を壊すようにこの皮膚をそっと針先で突いたら、僕たちは瞬く間に溶けて混ざり合ってしまうんじゃないだろうか。そう思うほどに身体は呼応し、同調し、隙間なく埋め尽くされていると感じた。
どこかで経験した感覚に似ていると思い、海の中を漂う感覚を思い出した。聞こえる音がぼやけて遠くなり、うねりに任せた身体は頼りなく揺れて、夜になってもまだその揺らぎが身体に残っている、あの感覚。
周防は僕の中に潜っているのかな。
ぽたり、ぽたりと胸の上に垂れる周防の汗が、波の飛沫を連想させた。
僕の身体が大きなうねりに満たされて、海面も海底もわからなくなるような感覚に侵されて、全身が苦しさを越えて気持ちよくて、もう事切れそうと思ったとき、周防が僕を抱き締めて咆哮した。
「佐和!」
周防の身体は大きく跳ねて、僕の身体を深く穿ち、僕は大波に打ち上げられるように絶頂へ達した。
胸に周防を抱いたまま眠りに落ちた。
目覚めたらカーテンの裾から青い光が差していて、周防の目は閉じられ、規則正しい深い呼吸が繰り返されていて、頬は僕の肋骨に触れて歪んでいた。
「さてと。セフレは帰らなきゃ」
僕は自分に言い聞かせてベッドを抜け出し、衣類を拾って身につけてドアを開けた。
背後でオートロックのカギが施錠される小さな音を聞いて、僕は絨毯敷きの廊下を静かにエレベーターに向かって歩いた。
自宅のベッドに倒れ込んでも、身体の中はまだ甘く痺れていて、本当に海で遊んだ日の夜にそっくりだ。疼く身体に手を這わせ、周防とのセックスを思い出して自慰をした。周防の姿を思い出すだけで、いくらでも遂げられる気がした。
下半身を晒し、カットソーをまくり上げたままの姿で眠りに落ちて、僅かなスマホの鳴動で目覚めた。バックライトの光が目に刺さる。GPSで検索された旨の通知だった。
一言メッセージを入力したい衝動に駆られ、どうせ1時間後には顔を合わせることに気づいてベッドの上にスマホを放り出した。そのままスマホから自分を引き離すようにバスルームへ行き、シャワーを浴びる。
鏡の中の自分を睨みつけながら整髪料で黒い髪を後ろへ流し、クリーニングのタグを外したばかりのワイシャツを身につける。ネクタイを締めるために襟を立てて、ふと虫刺されのようなむず痒さを感じ、嫌な予感がして合わせ鏡で確認すると首の付け根の丸い骨の部分に、まだ赤い内出血があった。
「いつの間に」
ワイシャツの襟で隠れるのを確認してネクタイを締め、スリーピースを身につけ、ベッドの上のスマホを掴んで出勤した。
会社から差し回されている黒塗りのワンボックスの役員車は周防と兼用だが、周防は自分で車を運転したがるので、実質僕がひとりで使っている。後部座席に身体を落ち着けて、ドリンクホルダーにミネラルウォーターのボトルを見つけた。
「これ、僕が飲んでいいの?」
周防がその腕を信頼してハイヤー会社から引き抜いた運転手は、バックミラー越しに人当たりのいい笑みを浮かべた。
「はい。社長からのご指示です」
「ああ、そういうこと。お手数をお掛けしました、ありがとう」
後朝のペットボトルの封を切り、澄んだ水を身体の中に流し込んで息をつく。アンダーパスを駆け抜ける一瞬に自分の顔がガラスに映って、メガネを掛けていないことを思い出し、ビジネスバッグへ手を突っ込んだ。
アンダーリムのメガネは少し攻めたデザインで、このメガネを掛けるアイディアを思いついたのは周防だ。
僕の顔立ちはさっぱりしていてアクセントがたりず、しかも童顔だというのが周防の主張だ。髪を上げて見た目の年齢を大人びさせて、もっと人を突き放せる冷たさがあったほうがいいと、このメガネを選んだ。
サイドのテンプルが黒目の直径より幅広く、横目で左右を見るには不便だが、周防に言わせれば「目の表情が横から読み取りにくくなっていい」らしい。
正面から見ても一癖ありそうな人物になり、実際に髪を上げ、このメガネを掛けるようになってから余計な難癖やセクハラまがいのからかいは言われなくなって、仕事に集中できるようになった気がする。
「さて、今日もがんばろうか」
メガネを掛けた僕は車のドアが開くのと同時に磨いた靴で降り立って、肩を開き背筋を伸ばして歩き始めた。
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