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第13話*

 対面座位なんて、恋人同士の体位だ。そう思ったけど、既に腰全体に甘い神経毒がまわり、周防の先端と僕の最奥がキスするたびに脳天まで痺れるような快感で満たされる。僕は周防の首にしがみついた。 「あっ、周防。周防……っ、気持ちいい……」  身体を揺らすうちに、また溶けていく感覚が始まった。僕たちの肌は心地よく重なり、身体の内側は熱くなって、メルトダウンのように周防の炉心を溶かし、僕の内壁も溶けて、混ざりあっている感じがする。 「ああ、佐和、佐和……」 「周防……」  熱に浮かされたような声で互いの名を呼び、湧き上がる快感に抱き合って耐えた。  いきたい、いきたい、いきたい。  その思いだけで周防にしがみつき、両脚も周防の腰に巻きつけて腰を振る。いくことしか考えられない。いくためなら何でもする。 「ああ、いく。佐和……」 「周防。僕も」 水面に鼻と口だけを出して喘ぐ苦しさで、とうとう先に周防が爆ぜた。最奥に向けて強く穿ってくる。 「佐和!」 その強い衝動で僕もはじける。 「周防っ」  海の中へ飛び込んで浮遊するような快感を味わった。ゆっくり意識が戻ってつなぎ目を解き、布団に倒れ込む。  僕の胸の内には、周防に対する愛おしさがとめどなく溢れ出していて、その気持ちのまま周防の髪や頬を撫でた。周防の目も細められ、口許には笑みが浮かんで、僕の髪を手櫛で梳かしてくれている。  優しい気持ちに満たされて、僕たちは笑みを交わし、自然に顔を近づけた。  唇同士が引き合って、互いの鼻先が触れたとき、僕は顔を逸らして周防の頬にキスをした。そのまま彼の耳に向かって呟く。 「僕たちは、キスをしてはいけないと思う。そういうのは恋人としよう」 「ああ。佐和がそう思うなら」 「ごめん、水を差すようなことを言った」  周防は小さく首を横に振り、何か言いたげに口を開いてから、僕を強く抱き締めて、苦しそうな息を吐いた。 ***  セックスの最後に僕が言ってしまった言葉について、それぞれの胸に何かあったかもしれないけれど、シュノーケリングを始めたらだいぶ楽になった。  周防とふたりでショップ前のゴロタ石の浜に作られたスロープを降りて、水深1~2メートルの浅瀬で海面に浮かんだ。  首の後ろを太陽に陽射しにじりじりと灼かれながら泳ぎ回り、息を吐きながら少し潜って、岩をびっしりと覆う海藻を数センチの至近距離で見る。海藻は太陽の光を受けて小さな泡をぽつんと作る。その泡は少しずつ大きくなって、耐えきれなくなると気球のように水面へ上っていく。  教科書に光合成と書かれるよりはるか昔から、植物たちは光合成なんて言葉を知らず、こんな不思議な循環を繰り返してきた。そう思うだけで僕は謙虚な気持ちになる。  ゆっくり浮上して、胸の中の空気を集めて一息にシュノーケルの中の海水を吐き出し、また水面にぷかぷかと浮かんだ。  午後はあのドロップオフの先で潜りたいなと思って青く霞む深い場所を見ていたら、急に空気が入ってこなくなった。水も入ってこなくて、視界の端に立ち泳ぎをしている手と足が見える。しょっちゅうやられているいたずらとはいえ、その瞬間は本当に慌てる。しかも吐いたタイミングでやることないだろう。  僕はばたばたと手足を動かして頭を水面に出し、立ち泳ぎをしながら周防を睨んだ。 「それ、やめろって!」 周防は肩から上をしっかり水面に出し、愉快そうに笑っている。 「ごめん、ごめん」 「全然ごめんって思ってないだろ!」 「今朝、凹まされたからな。これでイーブン」  僕はとっさに返す言葉を思いつかず、マスクを海水で洗った。周防が僕の背後へ移動して、僕の腕の下へ両手を回し、そのまま仰向けで泳ぎ始めた。成人男性を胸の上に抱いて泳ぐなんて、どれだけの泳力があるんだと思うけれど、眩しい空を見ながら海を漂うのは楽しくて、僕はいつも素直に周防の胸に頭を預ける。 「もう夏だね」 水平線には入道雲があった。 「夏休みはどうする?」 「んー。どこでも、何でもいいけど。周防以外の人と一緒に行動するのは嫌かな」 「南の海でダイビングは?」 「1本か2本だったら耐えるけど。それ以上は周防に群がる女がうるさいからやだ」 「自分だって女に囲まれてニコニコしゃべってるくせに」 「返事しなかったら空気が悪くなるだろ。あとになって調べられて社名が出たら嫌だし。下手したら自分の会社の社員だったりする」 「本社内は何となくわかっても、ブランチまでは、なぁ……」  実際にプライベートで周防と一緒にいるときに、社員なんですと話し掛けられたことは何度もある。 「ダイビングはここで楽しめばいいから、夏休みは周防と二人きりでいたい」 「わかった。いくつかプランを考える」  周防と一緒にいたら1時間なんてあっという間で、僕たちはしっかりフィンを使ってダイビングショップに戻った。  店の脇のホースで交互に相手の頭に水をかけ、身体からも塩分をざっと洗い落として、上半身だけウェットスーツを脱いでエプロンのように身体の前に垂らしながら、店の脇のデッキチェアでオヤジさん特製の山賊にぎりを食べる。 「ふたりは仲がいいね。いつも一緒で、プライベートは分けたいって思わないの」 「思わないです」 おにぎりを頬張りながら、周防は朗らかな笑顔で即答した。 「恋人は別れても次の人を探せますけど、佐和は無理ですから。今の状況で佐和と袂を分かって、ひとりで何ができるかって考えたら、何もできないです。恋人の機嫌より、佐和の機嫌ですね」  愉快そうに笑って、その言葉に僕も苦笑しながら頷いた。 「僕もそうかな。周防には一番気を遣わないけど、同時に一番気にして考えているとも思います。男にとって親友という存在は、たぶん一番かけがえのないもので、生涯大切にしたいものだと思う。一時の気の迷いでこの関係を壊したりはしたくない」 「そういうことか」 暗示的な周防の言葉に、僕は頷いた。 「一瞬の判断ミスで、僕は親友を失いたくない」  それは今まで僕が言語化できずに心の中へ置いていた思いを、初めてきちんと口にできた気がした。周防に好きな女性がいるとか、僕が周防を好きになってしまったとか、そういう要素は全部、ここに集約されている。  僕は周防という親友が、何よりも大切なんだ。ずっとこのままでいたい。  Thrust(スラスト)なんて社名をつけて、その言葉通りに前へ進んでいる僕たち。取り巻く環境は日々目まぐるしく変化しているけれど、だからこそ僕は周防とは変わらずにいたいんだ。それが甘えと言われようと、僕は周防とこのままでいたい。  僕は周防が大好きだ。大好きだから、このままでいたいんだ。好きとこのままが相反する感情だったとしても。  ちょっと切なく思い詰めすぎたかな。俯いていたら、器材を洗うための水槽に浸して雑に絞ったタオルが頭の上にかぶせられて、僕はちょっとだけ膝を抱えて時間を過ごした。

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