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第39話*

 僕は周防の足の間に座り、録画したまま未消化だったテレビ番組をいくつか観た。  経済評論家の解説が始まった瞬間に、飽きた周防は僕を抱き締め、肩に顔を擦りつけながら、熱っぽいため息をつく。  僕は後ろ手に周防の頭を撫でながら、周防の後手を行く解説を聞き、なるほどこういう語彙を用いて整理するのかと勉強する。 「周防、もう少しだけ待って」 「ん。触っていてもいい?」 「いいけど、手加減して。この解説を最後まで聞かせてくれなかったら、今夜、周防はソファで独り寝だから」  周防は感覚器の集まる場所を避け、腹や太腿を撫でる。僕はさほど気にせず、評論家の解説に集中した。  鋭い感覚で時流に乗り、第一線で未来を切り拓く周防は、まどろっこしい解説には完全に興味がなく、僕の肩に顎を乗せて、頬と頬をくっつけて耳たぶのカメラを隠しながら、僕のバスローブの左右の裾をつまんで、ゆっくり左右に開いていく。  相変わらず下着なんてつけていないから、僕の姿は簡単に周防の視線と外気に晒された。  周防はまた熱っぽいため息をつき、僕の姿へ視線を注ぐ。  敏感な器官は周防の視線を感知して、血液を集め始めた。 「まだ触ってない」  周防はイタズラを否定する子どもみたいな声を出して、僕は小さく笑った。 「わかってる」 吸った息を止めて疼く欲望に耐えてから、ゆっくりと息を吐く。 「色っぽい吐息」 「そんなふうに思うのは周防だけだよ」 「ぜひそうであって欲しい」  経済評論家が話し終わり、司会が「それでは」と言った瞬間に周防の手がリモコンを操作してテレビ画面は消えた。  黒くなったテレビ画面に僕の姿が映る。背後の周防に身体を預け、バスローブの裾を開いているさまは予想以上に淫らだった。 「いい眺め」 「そう?」  周防の頬に自分の頬を押しつけて目を閉じた。  ウエストのベルトを解かれ、ゆっくり身体の前面から布がなくなって、僕は自分の乳首が充血して張り詰めるのを感じた。 「佐和。ひとりでするところが見たい」  周防のおねだりに、僕は噴き出す。 「いつか言われると思ってた」 「言うの早かった? 遅かった?」 「どっちでもないけど」 「佐和のプライベートな時間の過ごし方を見たい。どこをどんなふうに触るのかも見たい」 「完全にひとりでするのは、恥ずかしすぎて我に返る。周防が手伝ってくれるなら、する」 「どこを手伝えばいい?」 「ここ。周防に触られるのが好きなんだ」 大きな手を自分の乳首に導いた。周防の指が粒をつまむ。軽く指の間に挟まれるだけで、僕の身体は仰け反った。 「もう、こりこりしてる」 「うん。周防に触られると気持ちいい」  僕は胸への刺激を周防に任せ、疼く茎に手を掛けた。指の腹をあてて動かし、痺れる快感に爪先を丸める。 「自分でするときも、乳首は触る?」 「ん……触る……」 「見せて」  左手を掴んで促されて、僕は左の人差し指の先で、赤く腫れた左の乳首をぴんぴんとはじいて見せた。  周防は僕の右胸の粒を同じようにはじきながら、嬉しそうな声を出した。 「エロい。よく見て目に焼きつけておこう」 「ん……っ、周防っ」  僕は自分が与える刺激と、周防がくれる刺激を感じながら、目を閉じて行為に集中した。  右手は揃えた指の腹で、怒張した己を扱く。ときどき逆手で掴んだり、敏感な先端を人差し指の腹で撫でて泣きそうな快感に耐えたりして遊び、射精しようと決めてからは手首のスナップを効かせて可能な限り素早く手を動かした。 「ん、く……っ、はあっ。あ、いく。……周防っ」 「いいよ、いつでも来て」  ティッシュボックスへ伸ばした僕の左手を払いのけ、周防は僕の右胸を絶妙な力加減で捻りながら、薄紙のかわりに自分の左手を先端にかざす。  僕は小さく首を横に振ったが、周防の唇が頬に触れて、諦めた。それよりも浮遊感が踵のあたりをくすぐり、排出の始まりそうな気配に焦って、上擦った声を出した。 「あっ、もう出る。出る。出ちゃう、周防。出る……っ!」 射精が始まると、僕の腹筋は意思と関係なく収縮し、腰が跳ねた。 「あっ、あああっ」  灼熱に射抜かれるような快感が全身を駆け巡り、僕は周防に抱き締められながら、だらしなく表情を弛めて恍惚とする。  波が過ぎ去る頃、周防の手が僕の根元から先端に向けて残滓を搾り取り、その刺激に僕の身体はまた跳ねた。 「あんっ!」  変な声が出て、僕は手の甲で慌てて口を塞ぎ、周防はくすくす笑う。 「佐和、可愛い」 「可愛くない」  周防は僕と頬をくっつけあったまま、白濁にまみれた左手へ、これみよがしに舌を這わせる。 「美味しい」 「あああああ、それやると思った。絶対にやると思った……ロマンチスト……」 僕は顔を覆って俯き、周防は精液臭い唇で僕の頬にキスをする。 「嫌だ。自分の臭いは嫌だ」  首を伸ばして逃れようとする僕の身体を、カメラに映らないようにバスローブで覆ってくれた。 「ベッドへ行く?」 「ん。明日に備えて、早く寝ないとね」  互いに横目で相手を見てほんの一瞬探り合い、僕は周防の耳に口をつける。 「全身を絡めて愛し合いたい」  周防は僕の手を掴み、大股で寝室に向かって歩いた。  仄暗いオレンジ色の光の中で、僕と周防は改めて抱き合う。僕たちの好きな対面座位。  限界まで張り詰めた周防をゆっくりと受け入れる。押し広げられて気持ちよくて、摩擦されて気持ちよくて、内側から押されて気持ちよくて、最奥を突かれて気持ちよかった。  僕は三日月のクッションの代わりに、周防の首に腕を絡めて、頬と頬をくっつけあった。 「周防、愛してる」  告げた途端に耳鳴りのような甲高い金属音が響き、 「愛してる、佐和」 告げられた途端に通り雨のようなノイズが響いたけれど、僕たちは互いを大切に思って抱き合い、気持ちを伝えあい、ふたりのあいだに湧き上がる快感を共有した。 「周防。気持ちいい……」 「ああ、俺も」  僕は根元まで飲み込んだまま腰を揺らし、周防は規則正しく突き上げてきて、快感の波は複雑に干渉し、盛り上がってくる。 「あっ、いく……っ」  僕は全身を硬直させて絶頂し、そのあいだも周防は僕の身体を捉えて、ゴツゴツと下から激しく突き上げてきた。 「やっ! まだ、イってるから!」 「知ってる」 周防の声は甘く優しいくせに、動きは止めてくれなくて、僕は絶頂のさらに上へと押し上げられる。 「無理っ、苦し……っ」 「もっとイッて。俺もイきそう。佐和のことが好きすぎて、全然もたない」  荒れた呼吸と言葉にならない呻きだけがベットの上に満ちた。 「はあっ、ん。んん……。あっ、あっ、あっ、あ……っ」 「ああ、ああ……」  僕はもう快感が苦しくて、早く仕留めて欲しかった。遂げる以外の終わらせ方は思いつかなくて、苦しいのにさらに腰を振って周防を誘った。 「周防……もうダメ……。来て」 「あっ、ああ……佐和……、佐和っ!」 周防の身体が跳ね上がり、最奥を突かれて僕もまた達した。ホワイトアウトして崩れる身体を周防が抱き留めてくれて、また律動が再開する。 「嘘だろっ」 「ごめん。もう一度だけ」 「無理! 離して。ひとりで解決して」  僕は両腕を周防の首に絡め直し、両足を周防の腰に巻きつけた。 「佐和、言動不一致」 周防に笑われて、僕はますますしがみつく。 「周防、大好き。愛してる。離れたくない」  ぐっと身体の中の周防がかさを増した。 「俺も。大好き、愛してる。離れたくないから、一生一緒にいて」 「うん。愛してる」 「愛してる」  僕たちは構わず気持ちを伝えあい、ともに高みを目指して腰を振った。どこまでが自分の身体かわからなくなるほど気持ちよかった。 「佐和っ」  周防は身体を跳ね上げて、僕も炭酸水のプールへ身を投じるような快感を得た。  満たされた身体を横たえる。さっきまで欲望に翻弄された時間が嘘のように、凪いだ優しい時間になって、僕たちがいるベッドは、月に照らされた湖に浮かぶ船のように思えた。  互いの髪を撫でながら、僕たちは何度も何度も「愛してる」と言い合った。そのたびに響くノイズなんか、音符の左上に小さく書かれる装飾音符でしかない。

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