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【番外編】恋とは、まことに付き合いにくい感情であった。(18)
その場で刻印が施された指輪を受け取り、イタリアンレストランで祝杯をあげた。
「SSスラストにかんぱーい!」
ワイングラスを触れ合わせ、小さいサイズのピザを何種類も頼み、指輪をつけた右手でつまんだ。
「このマルゲリータ、めちゃくちゃ美味い。佐和、あーん」
スマホのカメラを構えながら、ピザのひと切れを佐和の口許に差し出したら、佐和は笑いながら素直に口を開け、俺の手からピザを食べた。その瞬間を写真に撮った。
「チーズとはちみつのピザも美味しいよ。はい、周防、あーん」
食べさせてくれて、俺はピザを食べながら、佐和のスマホのレンズに向けてわざとらしいウィンクをした。佐和が笑って、俺も笑って、そこに食べさせ合う流行が生まれた。
「食べさせてもらわないと、食べられない」
「いいね。食べさせられたものは、絶対に食べる! 周防、ナスのオイル焼き美味しいよ」
今でこそ好物になったが、当時唯一苦手な食べ物を口許に押しつけられて、俺は仰け反る。佐和にしつこく迫られて、目を瞑って咀嚼してワインで流し込んだ。
「佐和、このレバーペースト美味いぞ」
「うわあ」
「朔夜、好き嫌いはいけませんよ」
「それ、どこのお母さんなの?」
佐和は出された物は何でも食べるよう躾けられているが、実際は好き嫌いが多い。レバーが嫌いなだけではなく、焼き魚は種類に関係なく全部嫌いというどうしようもなさだ。
「アンチョビ……これ、しっかり火が通ってるよね? 実質、焼き魚じゃん? 焼き魚の臭いがするって!」
「大丈夫、大丈夫。ほら、バジルをのせたから見えない。臭いも消えた!」
「絶対、嘘!」
アンチョビの量を10分の1に減らして食べさせたが、佐和はワインをがぶ飲みする。ごほうびにケーキを食べさせて機嫌をとった。
俺はポテトフライを食べさせてくれる佐和の指ごと食べ、アンチョビを食べさせた腹いせにケーキのクリームを鼻の頭につけるいたずらをされ、俺も佐和の頬にクリームをつけた。一緒に腹の底から笑い、何度も何度も乾杯をした。
帰り道、舗装が直されたばかりの、真新しくてきらきら光るアスファルトの上を歩いた。
両手をポケットに入れて歩く俺の隣を、佐和は法務局の封筒を抱えて歩いていた。
佐和はつま先を跳ね上げるように歩き、不意にぽんっと肩をぶつけてきた。
「ん? 何だよ、急に。酔ったのか」
「少し酔ってるけど。ねぇ、天の川みたいじゃない?」
佐和は真っ直ぐ続くアスファルトの反射を指差した。
「俺のことをさんざんけなすくせに、ロマンチックだな」
「酔ってるからね! 周防に見せてもらった天の川、きれいだったな」
「またいつでも」
佐和はうなずき、少し小さな声で言った。
「あのさ、酔ってるから言うんだけど。気持ち悪かったら、すぐに忘れて」
「わかった」
「もし僕が女性だったら、僕はきっと周防の彼女になりたいって思ってた。周防はいつも優しくて、勇気があって、カッコイイ。尊敬してる」
「ありがとう。別に男同士で恋愛しても、結婚してもいいんだぞ?」
「知ってる。でも、周防とのあいだにセックスがないから、僕は安心して自分をさらけだしていられるんだと思う」
「そういう考え方もあるかも。余計な下心がなくて、本音でつきあえる」
自分の下心は押し殺して、佐和の言葉に頷いた。
「うん。それに僕……」
佐和は言いよどみ、赤信号で足を止め、横断歩道を渡り終えてからまた口を開いた。
「僕、キスとかセックスとか、あんまり好きじゃないみたいなんだよね……ちょっとコンプレックスなんだけどさ……彼女とも、セックスがなければ、もっと仲のいい友だちになれるのにって思うんだ」
「女が性欲を見せてきたら、男は断りづらいよな」
「そうなんだよね。せっかく勇気を出して誘ってくれてるのに、恥をかかせたくないなとか、据え膳食わないなんて男じゃないとか、もっと僕のほうから誘わなきゃとか、いろいろ考えちゃう。早くおじいさんになって、セックスがなくなればいいのに!」
佐和の苦しさがびりびりと響いてきて、思わずヘッドロックをかました。
「そんなに生き急ぐなよ。セックスばかりが愛を確かめる行為じゃない。一緒に会社を立ち上げて、並んで走るのだって、ある種の愛だ。俺は佐和と毎日一緒にいて、セックスするよりずっと気持ちいいぞ。イキまくってる」
俺の腕に手を添えながら、佐和は肩の力を抜いて笑った。
「やっぱり親友がいちばんいい」
「一生、佐和の親友でいてやる。面白くて、刺激的なことをたくさんしよう。セックス以外のことは、全部やるぞ!」
「うん!」
自分の性欲なんか、自分で片付ければいい。
衝動的に区役所前の坂道を駆け下りて、あとから走ってきた佐和を抱き留めた。セックスなんかクソ食らえ。俺は佐和が大好きだ!
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