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【番外編】恋とは、まことに付き合いにくい感情であった。(28)
結婚を前に、同じレジデンス内で、より広い部屋へ引っ越した。
表向きは、佐和と俺、それぞれの書斎を持ちたかったから。
俺たちは同じベッドで寝ることに慣れているが、長年気ままな独り暮らしでやってきた。ひとりで過ごせる空間も必要だ。
佐和はすぐに納得して少ない荷物をまとめ、さらにはいい機会だからと実家の部屋も整理して、俺と一緒に新しい部屋に引っ越し、馴染んでいる。
本当は、俺があの部屋にいたくなかった。
丁寧に修復されたとはいえ、クローゼット脇にカメラを仕掛けた跡が残っていて、見るたびに気分が悪かった。
安心して睦みあえる寝室が欲しかった。
「ベッドで待っていて」
準備が必要な佐和にバスルームを追い出され、言われた通りにベッドへ倒れ込んだ。
佐和のサイドボードに、渡辺舟而の随筆『軒下のキャラメル坊主』が置いてあった。
2回目の青色の傍線がところどころに引かれていて、それは1回目と同じところもあるが、違うところもある。
少し期待して、俺が一番惹かれたフレーズ『恋とは、まことに付き合いにくい感情であった。』を見てみたが、やはりそこには俺の赤色の傍線しか引かれていなかった。
「佐和は恋煩いをしないのか? 俺がわかりやすい単細胞だから、思い悩む必要がないのか? 俺ももう幸せだし、こんな感情からは解放されているから、いいんだけど」
軽くページを繰るつもりが、いつの間にか本の世界に入り込み、ベッドの端が沈む感触で我に返った。
全裸のままうつ伏せていた俺の肌へ、同じくバスローブを脱ぎ落として全裸になった佐和の唇が触れる。
その感触は柔らかく優しく、キャラメルを舌にのせたときのような甘さと熱さがあった。
佐和の唇と舌が背骨の谷を辿り、腰へ届く頃には、俺の身体は神経毒を食らったように痺れはじめていた。
上体を両肘で支えたまま、うつむいて息を吐き、佐和の唇は尻を超えて腿へ滑っていく。
足首から足の裏まで辿られて、仰向けに促されたときには、俺の身体は反り返って透明な糸をひいていた。
佐和は目を伏せたまま、足の指のあいだを舌先でくすぐり、足の親指と親指のあいだを滑ってきて、内腿や腰の皮膚をキツく吸った。
「ああっ、佐和っ」
佐和は一言も発していないのに、この皮膚の赤みは、俺が佐和の所有である印と理解する。
一番敏感で期待するところは注意深く避けられて、舌先でへそをくすぐられながら、左右の手で一気に脇腹を撫であげられた。俺は思わず背を浮かし、眉間にシワを刻んで呻いた。
「はっ……ああ……っ!」
佐和は一気に浮上して、俺の首筋に舌を這わせながら、左右の胸の粒をつまんで捏ねている。
「あっ、ん……っ。ああ、ああっ。佐和……っ」
あられもない声が自分の口から洩れ出ていくのを止められず、顎を上げて晒す喉笛を佐和の大きく開けた口に咬まれ、喉仏を大きく広げた舌で舐められた。
佐和になら、このまま咬み殺されてもいいと思う。愛する人の歯牙にかかり、愛する人の姿を視界いっぱいに見ながら事切れるなんて、最高じゃないか。
恍惚とし始めたとき、佐和の口は俺の耳に押しつけられた。
「そろそろ、僕と一緒に苦しもうか」
同時に佐和の指先は俺の乳首をしつこくはじき、つまんで揺らして、泣きたくなるようなもやもやした感覚を与えられていた。俺はただ目尻に水分が溜まるのを感じ、顔を歪めながら、懇願して何度も頷いた。
佐和がリードするセックスは、いつも月がない夜の満ち潮のようだと思う。
潮騒に心地よく耳を傾けているうちに、ひたひたと押し寄せて、気づけばいつだって波に飲まれて溺れている。
俺ははしたなく赤黒い肉茎を膨らませ、ヒクヒクとそそり勃たせて、先端から透明な液を零し続けた。
「愛してるよ、周防」
耳から注ぎ込まれた言葉が、氷柱のように背筋を貫く。
そのまま俺は言葉を発することも、身じろぎすることもできないまま、ただ腰の上に跨がった佐和の身体に飲み込まれていった。
柔らかく温かい粘膜に包まれ、擦られて、眉間まで抜けるような熱い刺激がこみ上げてくる。自分の手だったら緩めて休みたいと思うタイミングも、佐和には伝わらなくて容赦なく刺激され続けた。
「ああ、佐和っ。待って……っ」
苦しさに声を上げても、佐和は微笑んで俺と手を繋いでくれるだけだった。
根元まで含まれ、先端がどこかに突き当たる。冷えた身体をいきなり湯につけたような熱く痺れる感覚が全身に広がって、その快感のとりこになる。
「佐和、動いて……もっと動いて」
思わず両手で佐和の腰を掴み、揺さぶった。
「あっ、あっ、周防っ!」
佐和は大きく膝を開き、ときどき自分の手で、自分の胸の飾りを弄り、緩く立ちあがった己の分身を揺らしながら、欲望のままに腰を振っていた。
隠し立てのない乱れた姿に俺はのぼせ、佐和の腰を掴んだまま、何度も何度も力強く突き上げた。
「だめっ、すおうっ。イキたくなっちゃうっ! やっ、イクっ!」
「俺もイク……っ」
佐和は頷き、俺たちは腰を揺らして複雑な波紋を繰り広げながら、目を閉じ、息を詰めて波の到来を待った。
「あっ、きちゃう。変なのがくるっ! ……やっ、あっ、ああっ! あああああっ!」
先に佐和が遂げて、肉襞に絞り上げられる刺激で俺も爆ぜた。
佐和は大きく息を吐き、俺の左隣に倒れ込んでくる。
「もっとゆっくり、丁寧にしたかったのに。全然余裕なかった」
俺の腋窩に鼻先を突っ込んだまま、もごもごと反省の弁を述べる。
「前戯?」
「うん」
「俺はだいぶ焦らされてると思ったけど。1回も触られないまま出るかと思った」
黒髪を鼻先で掻き分け、シャンプーの向こうにある佐和の匂いを嗅ぐ。
「そんなに感じてた?」
「ああ。反応がわかりにくかったか?」
「声が出てるなって嬉しかったけど。でも、もっともっと丁寧にしたかったなー!」
「またぜひ。俺たちはこれからずっとセックスするんだから」
頬にキスをしたら、佐和はくすぐったそうに首をすくめて笑った。
その赤く光った頬に、ふわりと欲が沸き上がる。佐和の髪をゆっくり何度も手櫛で梳いて、余計な言葉を慎み、真面目な顔で佐和を見て、反応を探っていく。
佐和はゆっくり目を閉じた。そのまましばらく俺の手の動きを感じてから、ゆっくりと目を開ける。その目は眩しいものを見るように眇められていて、視線が合った瞬間に、俺たちは唇をぶつけ合った。
すぐに口を開けて組み合わせ、テクニックも何もなく舌を舐めあい、しゃぶりあう。
互いの手は忙しなく相手の身体を這い回って、脇腹を撫で、太腿をさすり、背筋を撫であげて、乳首を抓った。
「あっ、周防っ。気持ちい……っ」
乳首への刺激に弱い佐和が身体を震わせ、俺は身体の下に佐和を組み敷いて、首筋から胸元まで一気に唇を滑らせて、硬く尖る乳首にむしゃぶりついた。
「ああっ、ああっ、周防!」
片方の乳首を舌先で転がしながら、反対の粒を捏ねて、押し潰し、つまんで、ねじった。
「んっ、やあっ、きもちい……っ。動いちゃう……勝手に動いちゃう……」
佐和は悦びの声を上げ、俺の腰に脚を絡めて、我慢できずに腰を振った。
「いいよ、我慢しないで。気持ちいいんだろう? もっと擦りつけて」
佐和の脚のあいだへぐっと太腿を押し込み、同時に佐和の腰を引き寄せて、硬くなっている芯を擦りつけさせる。
「やっ、やだ。やだ。恥ずかし……っ」
それでも佐和の腰は止まらず、俺の太ももには、蜜をこぼし始めた雄蕊が押しつけられたままになっていた。
「大丈夫。俺しか見てない」
俺しか見てない。
もう一度言い聞かせ、乳首をつまむと、佐和は身体を震わせ、声を上げて遂げた。
解れて柔らかな中へ、己を埋める。何度経験しても大きな喜びと快感に包まれる。
俺も心置きなく快楽を貪り、佐和とキスを繰り返しながら腰を振る。
「すおう、すおう。だいすき」
「ああ、大好き。愛してる……佐和っ!」
誰も見ていない、薄暗く甘く温かな空間でふたりきり、俺たちは脚を絡め、互いの湿った髪を撫で、キスをして、心地よい眠りに落ちた。
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