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【番外編】恋とは、まことに付き合いにくい感情であった。(42)
隣には佐和が寝ている。
午前中は総会リハーサルで、午後に2ダイブしたのだから、さすがに疲れ切ってすぐに眠りに落ちた。
俺は手枕をして、佐和の寝顔を眺めた。
高校を卒業したばかりで少年の面影を引きずっていた頃と比べ、大人の男性らしくなった。気づけば来年には、俺たちは三十路に突入する。
初めて会った日からずっと撮り続けている写真をスマホの中で繰り、記憶を辿った。いつも頬が触れるような近さで楽しそうに写真を撮って、結構バカだったとも思うし、よく頑張ったとも思う。
そんな過去の記憶を引っ張り出したら、どうしたって感慨深くなってしまう。暗い部屋の中でロマンチックになって、愛しさがこみ上げてしまう。
ついさっきもまだ動くタコの足を見て歓声を上げる横顔や、寿司を頬張って笑っている姿を撮った。出会った日と変わらない無邪気さがあり、笑顔はこのまま変わらないのかも知れないと思う。
佐和がおじさんになって、おじいさんになったら、俺もおじさんやおじいさんになって、ずっと一緒にいたいなと思う。昼間話したように、海の見えるところでのんびり過ごすのもいい。
いつまでも変わらず、ずっと一緒にいたいなら、事態は大きく動かすべきではない。
だから、ただちょっとイタズラをしたかっただけだ。
次の日の朝、佐和が「周防の夢を見ちゃったよ」と不機嫌な顔をしてくれれば、それでいい。
明け方の青白い光が淡く満ちる部屋の中で、俺は佐和の首の下へ腕を通し、ゆっくりと抱き締めた。
頬と頬をくっつけあって、手櫛で髪を梳いた。
佐和が不快に思わないように、優しく、そっと。
こんなに甘く優しい愛撫なんかしたことはない。佐和だから特別に愛しさを込めた。
佐和は深く眠っていて、しばらく反応がなかったが、身じろぎをして甘い吐息を吐いた。
生まれたばかりの赤ちゃんのようにぼんやりとした目で俺を見て、俺が自分の唇の前に人差し指を立てて見せると、ふわりと笑って頷いた。
額にキスをして、そっと身体に手を滑らせた。
佐和はふわふわと笑っていて、浴衣の布を突き上げている胸の粒をひっかいたら、甘い声を上げた。
「あっ、ん……」
佐和の官能的な声は初めて聞いた。眠いときに枕へ頭を落として吐く満足げなため息と似ているが、その甘さは明らかに違った。
俺は嬉しくて、佐和が声を上げるたびに頬や鼻の頭にキスをした。
佐和の腕が俺の首に絡み、俺は佐和の太腿を撫で上げながら、自分の膝で佐和の膝を割った。互いの内腿の柔らかな皮膚が触れた。
俺の手の動きに呼応して佐和は甘い息を吐き、身体を震わせた。
深く膝で割り込むと、太腿に佐和の硬さが触れる。
逃げようとする佐和の腰を抱き寄せて、佐和は俺の太腿へ興奮を擦りつけた。
「恥ずかし……っ」
「夢の中だから平気だよ」
自分でも驚くほど優しい声で佐和をあやした。佐和は俺の腕の中で全身を強張らせ、数回震えて、ゆっくりと弛緩した。
俺は佐和を抱き締め、髪にキスを落とした。
そのまま佐和は眠りに落ちて、俺は布団をかけ直してやった。
「佐和、おはよう。よく眠れた?」
朝になってアラームが鳴り、枕を抱えて甘い気持ちで訊いてみたが、佐和はあまり楽しくなさそうだった。
「夢見た?」
「お、覚えてない。何かは見た気がするけど。忘れた」
「それは残念」
男の手で愛撫を受けて、我に返ってみたら気分がよくなかったか。朝になったら夢が覚める、後悔するなんて話は、俺だって何度も経験しているし、どこにでもありふれているだろうが、残念だった。
「僕、変な寝言を言ったりしてなかった?」
佐和の瞳は不安げに揺れていて、俺は首を横に振った。
「……何も。大丈夫」
佐和の口から発せられる声や言葉に、変なものなんてひとつもなかった。すべて官能的で愛おしいものばかりだった。
「そう。ならいいんだけど」
すぐには佐和の俺に対する態度は変わらなかったが、少しずつ付き合いが悪くなった。そして俺の部屋に本棚を持ってきて、会社を挟んだ反対側の湾岸沿いのマンションへ引っ越した。
「そういえば、いつ、俺のことを好きだと思ったの?」
結婚指輪のデザイン案を佐和のタブレットPCに展開する。
付きあい始めたばかりの恋人が必ずする質問を、俺もソファの上で膝の間に佐和を挟み、肩に顎を乗せて囁いた。
「いつ? よくわかんないよ。一目惚れしていて、ただ自分の気持ちに気づいていなかったような気もするし。今となっては何とでも言えるじゃん……でも」
「でも?」
「去年の夏至の夜は、ブレイクスルーだったと思う。周防に恋愛感情を抱いていると自覚したし、同時にひょっとしたら僕はゲイなのかも知れないって思い始めた」
花の中央に小さなダイヤモンドを入れるという提案に指先を滑らせ、イラストを拡大した。
「セクシャリティについて、俺はあまり深く考えたことがないんだけど。佐和のアイデンティティにとっては必要なことだった?」
「謎が解ける感じだった。僕がゲイだとしたら、女性とのセックスに積極的になれないのも、苦手意識が生じるのも、納得できるなって」
「俺とのセックスは積極的で、得意だよな?」
佐和はくすぐったそうに笑い、俺の後頭部へ手をあてた。
「そうだね」
「おねだりして」
甘えてねだると、佐和は身体の向きを変え、俺の身体をソファに押し倒した。
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