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【番外編】恋とは、まことに付き合いにくい感情であった。(47)
リビングに集まり、いつも家族がくつろぐソファに座る。
正面にお父さんとお母さんが座り、お姉ちゃんが全員分のコーヒーを淹れてくれた。俺の好きな深煎りのマンデリンで、その弟思いな優しさに感謝する。
全員がコーヒーで口を湿してから、改めて俺は背筋を伸ばした。
「お忙しい中、お時間をいただき、ありがとうございます」
俺が頭を下げるのに合わせて、隣で佐和もごく当たり前に同じ角度とタイミングで頭を下げる。何気ないことかも知れないが、こういう阿吽の呼吸からも、俺と佐和のあいだにある愛情や信頼関係を感じ取ってもらえたらと願う。
顔を上げ、お父さんとお母さんの目をしっかり見ながら、少し大げさなくらいはきはきと話した。緊張しているときは、自分が大げさだと感じるくらいで、ようやく相手からは落ち着いた様子に見える。
「本日は朔夜さんとの結婚をお許しいただきたく、伺いました」
胸で響かせる低めの落ち着いた声。この声のチョイスで合っているだろうか。そんなことを考えるときの俺は、やっぱり緊張している。
なかなか緊張が解けないが、この緊張する姿も俺の誠意だ。鼻からゆっくり息を吸って、意識して肩を開いていたら、俺の左足の小指に、そっと佐和の右足の小指が触れた。
それだけで、俺の過度な緊張が、適度になる。
俺は安心して言葉を続けた。
「先日私から結婚の提案をしまして、咲夜さん本人から同意をいただきました。若輩者ですが、咲夜さんのことを最期まで、生涯をかけて愛し抜き、全身全霊をかけて大切にします。どうか私たちの結婚をお許し下さい。お願いいたします」
佐和は俺と一緒に頭を下げてから、口を開いた。
「僕も周防くんとしっかり手をつなぎ、人生の最期まで一緒に駆け抜ける覚悟です。お願いします」
もういちど一緒に頭を下げて、俺たちの結婚は許された。
「わかりました。周防くん、朔夜をよろしくお願いします。そして私たちとも、これからも変わらず、どうぞ末永くよろしく」
全員が笑顔で頭を下げあい、話は済んで、夕食になった。
やっぱり山盛りの鶏の唐揚げがあり、お姉ちゃんが小田巻蒸しを作ってくれて、佐和は俺の実家で大量に持たされた茄子の揚げ煮を器に移す。
「周防、全然緊張しないで落ち着いてるんだもん、つまんない。絶対にセリフを飛ばすと思ってたのに」
俺と隣同士にキッチンに立ち、お姉ちゃんのための生春巻きを作りながら、佐和は唇を尖らせる。
「緊張してただろうが」
「そうだけど、僕と比べたら全然大したことないじゃん。僕、途中から自分が何を話してるか、わからなくなってたもん。あんな堅苦しい日本語をしゃべったのは初めて」
「とても立派な挨拶だった」
「ありがとう。でも、僕と比べたら周防は全然、余裕なんだもん。悔しい」
一緒にキッチンに立つお母さんやお姉ちゃんへの報告がてら、昼間の思い出話をして、佐和はますます唇を尖らせる。
「そんな悔しさは、俺の頬へどうぞ」
俺も生春巻きを巻きながら、ふざけて佐和の口許へ頬を突き出したら、佐和は何のためらいもなく、堂々と俺の頬に唇をくっつけた。
予想外の行動に息が止まった。お母さんとお姉ちゃんは声を立てて笑っている。
「周防がどうぞって言ったんじゃん」
佐和は顎を上げてすまし顔だ。
「佐和、あとで仕返しな」
さすがに親の前でキスする度胸はなく、佐和を睨んだ。
「何それ、意味わかんない!」
賑やかに笑い、和やかに夕食を終えて、俺と佐和は胸に残っていた気がかりをお父さんに訊いた。
「今日は、僕たちの結婚を認めてくれてありがとうございました。でも、父さんと母さんは大丈夫? 親戚の人に何か言われたりしていない?」
そっと訊ねた佐和と、隣に座る俺を見て、お父さんははっきり首を横に振った。
「大丈夫だよ。そんな余計な心配はせず、今は、結婚することにしっかり照準を定めて動きなさい。うちの息子たちが誠実な態度で、心を尽くして幸せを掴もうとしているときに、よく知りもしないで水を差すようなことを言ってくる人は、私たちにとって親戚でも何でもない」
実際、どれだけ庇ってくれているのか、正しく計ることはできないが、蚊帳の外ではいろいろありそうだ。
その強い愛情に庇われて、どんな言葉を返せばいいのか。俺は迷ったが、佐和は笑顔を作った。
「ありがとう。今回は庇ってもらうね。いつか逆の立場になることがあったら、そのときは僕と周防に庇わせて」
お父さんと握手を交わし、お母さんとお姉ちゃんとハグをして、暇乞いをした。
佐和の家を出ると、雨が降っていた。
車の中へ駆け込み、少し湿った髪とスーツのまま、車を発進させる。
静かな住宅街の複雑な一方通行を抜け、国道へ出る直前の赤信号に捕まった。
ハンドルを抱え、フロントガラスを転がる雨粒とワイパーの追いかけっこを見ていたら、助手席に座る佐和が呟いた。
「僕たち、本当に結婚しちゃうね」
俺は目の前の横断歩道や信号や国道、両サイドの歩道の状況変化を細かく見ながら、明るく穏やかな声を心がけて返事をした。
「引き返したくなった? 焦らなくていいぞ。マリッジブルーを甘く見ないほうがいい」
俺はこの期に及んでも、まだ夢から醒めることを心のどこかで恐れていた。佐和と結婚するなんて、やっぱり夢で、いつかの朝に目が覚めるんじゃないかと思っていた。
だから佐和の気持ちが揺れたら、いつでも一緒に足を止めて、佐和が納得するまで待とうと覚悟をしている。
「ううん。僕はただ少しずつプロジェクトが現実味を帯びてきて、わくわくして嬉しいなって思ってるだけだよ。周防のほうこそ、マリッジブルーになっていたりしない?」
このとき、素直に『俺のほうがマリッジブルーかも』と言えばよかった。
でも、そんなことを言ったら、佐和だって俺につきあって足を止めてくれてしまうだろう。一生に一度掴めるかどうかのチャンスに指先を伸ばしていた俺は、佐和と結婚したくて虚勢を張った。
「マリッジブルー? まさか。死ぬまで佐和と幸せに生きる権利を得たんだ。楽しみでしかない」
ふたりの地を固める雨だと自分に言い聞かせながら、車を駆って帰宅した。
玄関のドアを施錠している佐和を背後から抱き締めた。
「なぁ、佐和。さっきのキッチンでの衝撃的なキスを覚えてる? 仕返しの時間を始めよう」
俺は佐和の手首を掴んで寝室へ引っぱり、ベッドへ押し倒してのしかかった。佐和の身体からジャケットとベストを剥ぎ取り、ワイシャツのボタンを外して左右に開く。
抵抗する佐和の手首を押さえつけ、露わになった肌へ手を滑らせた。胸の粒に触れると、佐和の身体が震え、身体の熱が上がっていくのがわかる。
「す……すお……う、ちょっと、まっ……」
「もう、気持ちいいのに?」
俺は佐和の身体にむしゃぶりついた。
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