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【番外編】恋とは、まことに付き合いにくい感情であった。(54)

 ホテルの部屋に戻って、一緒に風呂に入っていちゃいちゃし、先に風呂を出されて、俺はネクタイとアイマスクを用意して、スマホで安全な手首の縛り方を検索した。 「なるほど、緩めに」  手にしていたネクタイは、ボンタンアメ色をしていた。初めて佐和が「愛してる」と言ってくれた日に買ったものだが、同時に大学図書館の屋上で光島の手首を縛ったものだった。  どうしているだろうか、光島は。  病院の治療プログラムは3か月程度だと院長は言っていたから、今はもう退院して、仕事をしているのかも知れない。  お姉ちゃんに近づけないから姿を見せないだけで、この同じ空の下のどこかにはいるはずだ。  東京にいるのか、故郷へ帰ったのか。  今さら追跡する気もないが、昼間スタートアップ当時のことを話したせいか、やけにリアルに光島の姿を思いだす。 「どうしてこんなことになったのか」  詮無いことを考えた。バスルームのドアが開く音がして、俺は我に返り、ボンタンアメ色のネクタイをスーツケースに押し込んで、今日使っていたネクタイを取り出して佐和を迎えた。 「楽しく遊ぼうね」  シャワーを浴びてほかほかの佐和に抱きつかれて、それだけで目の前がくらりとする。  佐和は自分のビジネスバッグに手を入れて、雑貨店の紙袋を取り出した。 「鈴?」 「これはダンス用じゃなくて、アクセサリーなんだって。違いがよくわかんないけど」  銀色の小さな鈴がたくさん編み込まれていて、佐和は自分の左足首にアンクレットを巻きつける。足が動くたび、しゃらしゃらと清げな音が響いた。 「動くたびに鈴の音が鳴るなんて、エロくていいな」  佐和は両手を後ろに組み、俺にネクタイで結ばせた。 「ここを引っ張れば、すぐに外れるから」  ネクタイの大剣の先を佐和の指先に教えて、非日常的で背徳的な姿に唾を飲む。 「え? 目隠しをするのは、俺?」 「そう。鬼さんこちら、鈴の鳴るほうへ」 「掴まえたら、セックスしていいってことか」 「制限時間は30分間。範囲はこのベッドルームのみ。ぶつかって怪我をしないように気をつけようね。時間内に周防か僕がいっちゃったら周防の勝ち。どちらも一度もいかずに逃げ切ったら、僕の勝ち」 「勝ったらご褒美は?」 「んー。相手にエッチなお願いをひとつ叶えてもらえるっていうのでどう?」 「よし、のった」  俺はスマホでタイマーをセットして、アイマスクをした。  視覚を遮断すると、佐和の気配をかえって強く感じる。しゃらしゃらと鈴の音を立てて移動するのを耳で追う。  1歩踏み出したところでベッドにぶつかり、立ち往生していたら、ペニスを佐和の口に含まれた。 「あっ」  佐和の口の中で唾液と空気が混ざり、ぐちゅぐちゅと卑猥な音が耳に届く。  手探りで佐和の髪へ手を伸ばす。そのまま耳を撫で、頬に手を触れると、頬の粘膜に擦りつけられている俺の形を感じ取る。  佐和の口に愛されていることを実感して、喜びと快感が大きくなった。  快感に気持ちが緩んだとき、急に佐和の口が離れて、唾液に濡れたペニスは空気にさらされる。  しゃらしゃらと鳴る鈴の音はベッドから離れ、俺の背後に回り込んだ。  振り返ると胸に佐和の身体が触れ、俺は心を込めて抱き締めた。 「愛してる、佐和」  頬に佐和の唇が触れた。 「僕も愛してるよ、周防」  手探りでベッドに倒れ込み、佐和の身体に触れた。そっとそっと手を動かして髪や顔の位置を確かめ、身体に手を這わせていく。 「ん、すおう……っ」  頬ずりしたら、頬に胸の粒が触れた。ミルクを求める仔猫のように唇で探って乳首を吸った。 「ん……んん……っ、気持ちいい」  口からあふれる唾液を啜り、舌先で乳首を転がしながら、反対側の胸の粒を指先で探ってつまむ。 「気持ちいい……けど、ダメ……っ」  両手を拘束していながら、俺の身体の下からするりと逃げ出せるのが、さすが男の力強さだと思う。  鈴の音を追ってベッドから降り、両手を前に、すり足で部屋の中を歩く。 「こっちに来て、周防。僕はここ」  指先に佐和の身体が当たり、手探りで肩を掴んだ。 「キスして、佐和」  唇にやわらかな感触が降れ、舌が入ってきて、俺はソフトクリームを食べるように佐和の舌を楽しんだ。  佐和に俺の舌を食べさせながら、両手で脇腹から撫で上げ、親指の腹で胸の粒を捉える。くにくにと粒を押しつぶすと、佐和の口から悩ましげな息が漏れる。  キスの合間に、唇を触れさせたまま問う。 「気持ちいい?」 「ん、気持ちいい」  答えてすぐ俺の口を塞ぎ、積極的に舌を俺の舌を吸う。左右の乳首を潰すようにつまむと、佐和の身体が震えた。 「いっていいよ、佐和。俺を勝たせて、お願いを聞いて」 「やだよ」  佐和はきっぱりした声で断って笑っている。俺は苦笑して佐和の両肩を掴み、後ろ向きに立たせて、自分の興奮を押しつけた。 「なぁ、佐和。いくのを我慢してみないか? きっと苦しくて気持ちいいぞ」  ゆっくり擦りつけながら、手探りで見つけた胸の粒をつまんで捏ね、唇で探り当てた耳に甘ったるい声を流し込むと、佐和の熱っぽい声が聞こえた。 「すおう……我慢、したい……」  俺の腹に佐和の背後で組んだ手が触れて、もどかしそうに握られたり緩められたりしているのが伝わってきた。  佐和の身体を傷つけないように、慎重に指先で探って蕾を撫でる。すでに潤いが足され、ひくついているところへ、ゆっくり己を突き立てた。 「あっ、ゆっくり……ゆっくりきて」 「痛い?」 「ううん。押されると、やばい」  佐和の身体の前に手をまわし、茂みの先にある茎へ指を這わせる。上向く先端から露がしとどあふれ、俺の手を濡らした。 「俺の勝ちかな?」 「まだわかんないよ」  強がる佐和の茎を手に包んで擦る。 「あっ、やめて。やめて」  俺から離れようとする佐和を抱き締め、胸の粒を指先で捏ねながら、ゆるゆると腰を使った。 「んっ、あっ、ああっ、すおう……すおう」  佐和は甘くひきずるような声を上げている。俺を包むあたたかな内壁も強く絡みついてきて気持ちがいい。  より強く打ち込もうと佐和の腰を掴もうと手を離した隙に、佐和は俺から逃げ出した。鈴の音が遠のいていく。 「佐和っ! どこへ行くんだ!」  俺は手を伸ばし、鈴の音を追った。腕の中にあったぬくもりに突然逃げられて、裏切られたような気がした。 「佐和っ!」  闇雲に追って、おそらく佐和のほうから俺に近づいてきてくれたのを抱き締める。 「いなくならないでくれ。佐和がいないと……」  生きていけない。  突然、自分の腹の中からコールタールのような感情が湧き上がった。同時に鉄さびのような幻臭がこみ上げてくる。  鉄さびのような臭いのするコールタールみたいな感情が、自分の内臓にへばりつきながら口許へ逆流してくる。 「佐和。愛してるんだ。いなくならないでくれ。俺のこと、愛してるんだろう? なんで逃げるんだ?」  佐和を抱いたまま床に崩れ、押し倒した。 「痛っ。待って、周防」 「逃げないでくれ」  手探りで佐和の両膝を抱え上げて開き、自分の茎を扱いて勃たせ、先端で蕾を探して強引に押し込む。 「待って! 待って! 痛いって、マジで痛いっ!」  俺は佐和の内壁に己を擦りつけて、痛がる佐和に快感を与えようと、ますます強く擦りつけた。 「痛いってばっ! 一旦、離れて!」 「嫌だ。すぐによくなるから!」 「ならないって。ちょ、マジで……周防っ」 「佐和、そんなこと言わないでくれ。佐和……」  佐和の腰に抱きついて、焦燥感を感じながら腰を振った。 「ざけん……なっ!」  両肩を強く押されて俺は床に倒れた。 「Cut it(やめろ) out! Don't touc(触るな)h me!」  佐和の厳しい声に、俺は起き上がり、膝をついて両手を頭の後ろにあてた。 「そこまでしなくてもいいけど。コーヒーを淹れよう」  バスローブを投げつけられ、俺はアイマスクを外して、大人しくバスローブを着て、己のだらしない姿を深く内側に隠した。  佐和は自力でネクタイを外したのだろう、バスローブを着て左右の手首を軽く振り、乱れた髪のまま、備えつけのコーヒーメーカーにカプセルをセットする。  俺は何ということをしたのだろう。今までに相当数のセックスを経験しているが、ただの一度だって相手に対して強引なことや嫌がることはしたことがなかった。それは俺のポリシーですらあったはずなのに、よりによってこれから結婚したいと思っている、世界で一番好きな人に、こんなことをしてしまうなんて。  佐和に裏切られたと思った、あの瞬間の感情にも戸惑ったが、俺は、俺にも裏切られた。俺が、こんな最低なヤツだとは思わなかった。 「そんなところにいないで、ソファに座ったら?」 「あ、ああ」  目の前に湯気の立つカップを置かれて、黙って頭を下げた。  怒っていても、先に深煎りの1杯を淹れてくれる優しさに、俺はどうしたらいいかわからず混乱していた。  佐和は次の1杯を自分のために淹れて、カップにそっと口をつけながら俺の隣に座った。肩がぴたりとくっつく近さで、俺の顔をのぞき込む。 「大丈夫だった? 僕、両足で思いっ切り肩を蹴っちゃったんだけど」 「平気。その……ごめん。ごめんなさい。佐和のほうこそ、怪我は?」 「大丈夫。血が出たりはしてないよ。今夜はもうインサートはなしにしてほしいけど」 「そ、それは、もちろん」  佐和は肩の力を抜き、俺の腰に手をあてて、体温を伝えてくれながら訊ねる。 「突然、一方的な感じになったから、びっくりしたよ。どうしたの? プレイに入り込み過ぎちゃった?」 「プレイに入り込み過ぎた……の、かも知れない。佐和が俺から離れた途端に、急に怖くなった。佐和を自分のものだと言いたかったし、感じたかった。感情が高ぶった。強引なことをしてしまって申し訳ない」  真剣に心の底から謝って頭を下げた。佐和は俺の背中を撫でながら、困ったように笑った。 「僕たち、あまり際どいプレイはしないほうがいいかもね。当面はあまり冒険しないことにして、飽きて物足りなくなったら、そのときにまた一緒に考えるっていうことでどうかな?」  俺は素直に頷いた。俺自身も、あのとき一瞬感じたコールタールみたいな感情は、もう味わいたくなかった。 「同意する。本当に申し訳ない。ごめんなさい」  もう一度深く頭を下げる俺の顔を、佐和はいたずらっぽくのぞき込んだ。 「ごめんより、ありがとうがいいな」  いつも俺が佐和に言うセリフを口にして笑ってくれた。思わず泣きそうな顔で笑ったら、佐和は俺の頭を胸に抱いて隠してくれた。 「ありがとう、佐和」 「どういたしまして」  結局、俺は泣いてしまって、佐和が一緒に風呂に入って、目を温めたり冷やしたりしてくれて、同じベッドで佐和に腕枕をしてもらって寝た。

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