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【番外編】恋とは、まことに付き合いにくい感情であった。(71)
大きく手を広げ、満面の笑みを浮かべて、佐和にハグを求めた。
「久しぶり! ようやく会えた!」
「おかえり。お疲れ様」
佐和は笑顔で、俺のハグに応じてくれる。
多くの人が往来する空港の到着ロビーで、佐和を抱き締めたまま、大きく身体を左右に揺らした。佐和も同じくらいの力で俺を抱き締め、遊園地で遊ぶ子どものように笑いながら、一緒に左右に揺れてくれた。
「契約前に、ミスに気づくことができてよかったね」
「ああ。太宰さんが気づいてくれて助かった。そのかわり、面倒も押しつけられたけどなぁ」
もっとも不安に思っているのは、その面倒に対する佐和の反応だった。眉間にシワを刻むか、僕は関わりたくないと言い出すか。
しかし、佐和はあっけらかんとしていた。
「太宰さんの言うことだもん、僕たちは断れないよね。とりあえず大門氏のお話を伺ってみよう」
笑顔なことにホッとして、急に気持ちが軽くなった。
「佐和に迎えに来てもらうのは、どんなシチュエーションでも、何度経験しても嬉しいな」
スキップしたくなるほど嬉しかったので、ビジネススーツ姿で年甲斐もなくスキップしたら、佐和も隣で一緒にスキップをして笑ってくれた。
「お迎えって、自分のためにわざわざしてもらう、特別なことだもんね。それも相手から積極的に来てくれて、『おかえり』って丸ごと受け入れてもらえるんだもの。僕も周防に迎えに来てもらうの、いつも嬉しいよ」
「そう? ときどき迷惑かなと思ったけど、これからも隙あらば迎えに行こう」
「僕、迷惑そうにしてたことなんて、あった?」
「部活の帰りは迷惑だったかなと」
「ああ……あれはお迎えなの? 入部希望でもなく、ただ部活にくっついてきて、ずーっと待ってて、一緒に帰ったんじゃなくて?」
「忠犬とお呼びください」
胸に手をあてて、うやうやしく頭を下げる。
佐和は俺の頭をぽんぽんと撫でて笑った。
「周防の忠犬ぶりは、部員たちを圧倒してた」
「ドン引かれた疎外感は感じていたが、それより佐和と一緒にいることのほうが大事だった」
佐和は前から来る人を避けて、俺と肩が触れあう近さまで身を寄せて、身体が離れるタイミングで俺と手をつないだ。
内心とても驚いたが、チャンスは逃したくない。しっかり恋人つなぎに持ち込んだ。佐和も握り返してくれて、そのまま当たり前の顔で俺と手をつなぎ続けていた。
こんなふうに歩いてもらえるなら、地球を100周だってしたい。
しかし、残念ながら空港直結だけあって、短い時間でホテルのロビーに着いてしまった。部屋をリザーブした佐和がスマホを片手にチェックインを済ませる。
「僕たちは正真正銘のカップルだから、もう、今までみたいにダブルルームやラブホテルにチェックインしながら、僕たちはちゃんとカップルに見えるかな? って心配する必要はないね」
受け取ったカードキーをエレベーター内のセンサーにかざしながら、佐和は嬉しそうに言った。
俺はやましさに、ほんの少し視線を泳がせる。
旅行先でカップル扱いされたり、ダブルルームやラブホテルに泊まらざるを得なかったアクシデントの大半が、俺の下心によるものだったとは、今さら言いにくい。まさか両思いになる日が来るとは思わなかったから、やりたい放題にやっていた。
「初めての社員旅行を思い出す」
あのときは旅館側がカップルに間違えてくれただけで、俺に否はないので、素直に思い出を語ることができる。
「うん。あ、そういえば、今回もカバンがひとつだけだね。ますますカップルっぽい!」
俺のスーツケースを見てはしゃぐ佐和の耳に口を近づけ、話を逸らした。
「また、エッチなパンツを買おうか。今度は、カップルに間違えてもらうためじゃなく、自分たちが楽しむために」
「名案だね。どんなデザインがいいかな?」
「穿くだけで気持ちよくなっちゃうデザインは?」
「どういうこと?」
「お尻にビーズが食い込むやつなんか、どう?」
佐和はくすぐったそうに肩をすくめて笑う。
「想像するだけでヤバいね。周防が意地悪してくれるんでしょ?」
「もちろん。繁華街のスクランブル交差点を一緒に歩いて『佐和、顔が赤いぞ? 歩き方が不自然だ』って囁いてあげる」
耳に口をつけ、とっておきの声でいたずらっぽく囁く。声を立てて笑う佐和に向け、唇の前に人差し指を立てて見せ、黙らせた。佐和は笑いをこらえて口をつぐむ。
俺は佐和の顎に指をかけて振り向かせ、さも決め台詞を言いそうな顔を作って、佐和と見つめ合ってから、その頬に音を立てた軽やかなキスをした。
また佐和は笑いはじめる。
「そんなにおかしい?」
甘く囁くと、佐和は笑いながら首を横に振った。
「じゃあ、照れたの?」
今度は小さく頷いていて、俺は頬を差し出す。
「お返しのキスをして。ドアが開く前に」
佐和は少し迷っていたが、俺が階数表示を視線で示し「早く」と急かすと、そっと唇を触れさせてくれた。
頬から唇が離れるのと同時にドアが開き、目の前には宿泊客が立っていて、俺たちは背筋を伸ばして、何食わぬ顔をしてエレベーターを降りた。
廊下を並んで歩きながら、互いに横目で相手を見る。
しばし横目で相手を見続けて、同時に我慢できなくなって噴き出した。
「何だよ、佐和」
肩をぶつけたら、佐和も肩をぶつけ返してきた。
「何だよ、周防」
じゃれあったまま部屋のドアを開けて部屋に入り、佐和はドアがゆっくり閉まるのを待たずに両手で強引に押して閉めた。
「佐和……っ」
同時に俺は背後から佐和を抱き締める。キスもしたい、頬ずりもしたい、愛撫もしたい、愛の言葉も伝えたい。
やりたいことが同時にたくさんありすぎて、佐和の腰を抱き、胸に手を這わせながら、佐和の頬や耳や首筋に唇をねじりつけて、同時に舐めた。
「ん……即即すぎ……っ」
佐和は後ろ手に俺の髪に手を埋めて喘いだ。
「我慢できない……っ。愛してる。愛してる、佐和。愛してる」
俺は鼻息荒く佐和の身体にむしゃぶりついた。
「ん……っ、すおう」
「大きな声は出さないで。ドアの向こうは廊下だ。通り過ぎる人の耳に、セックスが聞こえる」
佐和はドアに手のひらから肘までつけて、すがりついたまま、無言で頷いた。頬は赤く、俺の手や唇の動きに呼応して、身体がビクビク震える。
「もう、来て……」
「まだ」
一度も遂げていない堅い身体へ、強引に己を突き立てるのは、ためらわれる。
しかし佐和は振り返り、俺と唇を合わせて舌を送り込んできた。ぬるぬるとした舌を俺に食べさせながら、トラウザーズの前立て付近へ手を這わせて、興奮を確かめる。
「まだ、なんて。強がりじゃん」
そう言って嗤い、再びキスを再開しながら、俺のベルトとファスナーを解く。
「いいよね、周防?」
何がと問う前に、下着ごと一気に引き下ろされ、同時に佐和は俺の前に膝をついて、いきり立った熱棒を口に含んだ。
「ああっ、佐和」
熱い粘膜に包まれた。強烈にくすぐったい快感に、俺は天井を振り仰ぐ。
ワイシャツの裾とネクタイをたくし上げ、自分の腹の下を見下ろした。佐和は口をすぼめて、ゆっくり前後に頭を振る。
俺に口淫を施しながら、佐和は自分のベルトとファスナーを解く。床に膝をついて下着ごと押し下げた。佐和の雄蕊も血液を集めて硬く上向いている。
「佐和……」
佐和のボトムスのポケットから、鍵の束がこぼれ落ちていた。そこには懐かしい青色のコンドームケースがついていて、佐和は手探りでコンドームと同じ大きさのローションを取り出す。
傷んで使わなくなっていたケースをわざわざ取り出し、個包装のローションを買い求めて、ゴムと一緒にケースに仕込むあいだ、佐和はきっと俺とのセックスを楽しみにしてくれていた。その気持ちや姿を思うだけで、俺の身体はさらに熱くなる。
「ん……っ」
俺の熱に舌を這わせながら、佐和は自分の指にローションをとって、蕾をほぐしはじめる。
「サービス良すぎだろ」
息が上がるのを感じながら、精一杯の優しさを込めて佐和の髪を撫でた。
佐和は口を外し、手で俺を包んで上下に動かしながら言った。
「僕だって、周防が欲しくて待ちきれないんだ……エロすぎて、引く?」
「そんな訳ないだろう。めちゃくちゃ幸せだ」
俺の返事に佐和は目を細め、俺の先端に薄膜をあてた。上目遣いで挑発しながら、ゆっくり唇の輪で根元まで覆うと、立ち上がってドアに肘をつき、尻を突き出して振り返った。
「来て、周防」
俺は煽られ、目を眇めた。佐和を傷つけないように、痛みを感じさせないようにと、必死に自分に言い聞かせながら、ぬらぬらと妖しく光る蕾に己の剛直を突き立てた。
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