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【番外編】恋とは、まことに付き合いにくい感情であった。(100)
口臭ケアのタブレットと胃薬を飲み、さらにカテキンが強化された緑茶を飲む。
デオドラントシートで身体を拭き、念入りに歯を磨いて、両手にすくった水で顔を洗う頃には、光島の指摘に闘志が湧いていた。
「物言わず腹ふくるる、30代の男になってやろうじゃないか」
そんな決意をしたって、人間はそう簡単に変わるものではない。
カンファレンスでは盛んに無邪気な物言いをして、自分の熱量をそのままに、まっすぐ相手の目を見て、言葉を発した。
「商品のサイズを小さくし、価格を抑えることによって、全国各地の紅の色をコレクションする楽しさを叶えます。また、行ってみたい土地や、好きな人にゆかりの土地の紅を身につけて、思いを馳せるのもロマンチックです」
会場全体を見渡しながら、俺は大門氏のスライドに合わせて話す。勘所は外していない。聞く人たちのうなずきは多く、ときには楽しそうな笑いが起こり、前のめりになって話を聞いてくれる。
質問もディスカッションも活発で、話は広がりを見せ、化学反応を起こして連鎖する。
一緒にやりたいという人も続出し、プロジェクトは加速した。
「ピンチヒッターとは思えない、堂々たるお姿でした。会場の空気が熱を帯びてくるのを感じました。さすが周防社長です」
手放しで褒めてくれる大門氏に、俺は会釈しながら答えた。
「ありがとうございます。教授の代理は荷が重かったですが、成果を持ち帰ることができてほっとしています」
いつも通りに上手くいった。充分に満足していい結果だ。
しかし俺は、子どもっぽい無邪気さを丸出しにして話し続けた、30代らしくない自分の姿が気になった。手放しには喜べずにいた。
「周防が子どもっぽい? その純粋さと素直さと熱意が、周防のよさなんじゃないの? だいたい男なんて死ぬまでバカだし、子どもだと思うよ?」
昼の執務室で、佐和はマスクをあごの下にずらし、揚げ茄子のみぞれ煮が添えられたトンカツ弁当を食べつつ、笑う。
俺は佐和の向かいに座り、割り箸に染みたソースを吸いつつ、首をかしげる。
「もう少し、年齢相応の落ち着きを身につけてもいいかと思ったんだけどな」
俺のぼやきに、佐和がアンダーリムのメガネの上から、生身の目を向ける。
「今朝、空港までサンプルを持ってきた人に、何か言われたの?」
鋭い指摘にどきりとしたが、俺は割り箸をくわえたまま小さくうなずいた。
「まぁ、ちょっと」
「その人に『ニンニク臭い』って言われなかった?」
首をかしげて目を細める佐和の姿に、俺は目を見開きながら、もう一度うなずいた。
「言われた。なんでわかるんだ?」
「昨日の夜、周防が誰かと電話しているときに、ニンニクを足しちゃったんだよね。僕もニンニク臭くて、今日はマスクを外せないよ」
佐和は笑いながら、緑茶を飲んだ。
「弁護士と打ち合わせするから、にんにくは少しだけって、自分で言っていたのに。なぜ?」
「周防が空港で誰かとキスするくらいなら、僕はニンニク臭いほうを選ぶ」
「俺が空港でキス? どういう意味だ?」
「スマホを床に払い落として、僕にキスして甘い言葉でごまかして、部屋のドアを閉めながら『電話なんかかけてくるなよ』って相手に言うなんて。状況証拠からして、浮気かなって」
冷ややかな声を向けられて、俺は即座にホールドアップする。
「勘弁してくれ。浮気している証拠は示せても、浮気していない証拠は示せない。悪魔の証明だ」
「周防は、ニンニク臭いって指摘される距離まで、相手に近づいたんだよね?」
顎を上げて俺を見下す佐和の瞳は、冷たいくせに小さく左右に揺れていた。
「サンプルを受け渡す距離だけで、充分臭いがしたらしい」
「ふうん。その人は年上?」
「かなり年上」
「周防って、年上にもモテるから心配」
「心配には及ばない。俺の心は佐和朔夜で占められている。ほかの誰も、髪の毛一本入り込む余地はない」
俺は心の底から、本気でそう言っているのに、佐和の目は伏せられていた。
光島が言うとおり、隠し事のひとつくらいやり遂げなくては。
俺は佐和の傍らに跪き、その手をとって、不安げに揺れる瞳を見つめた。
「佐和。本当に何もない。俺は、その人物に興味を惹かれるどころか、むしろ苦手だ。嫌悪すら覚える。我慢して接しているから、佐和に違和感を感じさせたのかも知れない。俺は佐和だけを愛してる」
小さくうなずいている佐和の手の甲に、唇を押しつけた。
「にんにくいっぱい入れて、ごめんね」
「可愛いヤキモチはうれしい。ただ、佐和は嫌な思いをしただろう。申し訳なかった」
佐和は頬を赤らめ、小さく首を横に振った。
「浮気かもって思った瞬間にカッとなった。自分の感情が嫉妬で瞬間沸騰するなんて、初めての経験だった」
「嫉妬は苦しいよな。心臓にガソリンをぶっかけられて、一瞬で火だるまになるような辛さがある。今夜はたくさん甘やかすから、許して」
立ち上がって佐和の頭を抱き、腕の中に隠して頬にキスをすると、佐和は肩をすくめてくすぐったそうに笑った。
その夜、ベッドの中で佐和を甘やかした。
佐和が笑うまで、顔じゅうに音を立てたキスを繰り返し、舌を絡めたキスを繰り返しながら手櫛で髪を梳き、強く抱き締めながら首筋に何度も舌を這わせた。
そして俺は佐和の胸の粒を口に含んで、ゆっくり舌先で転がす。
「あ……ん。すおう、きもちい……もっとして。反対側も」
佐和は俺の頭を抱き、自然に揺れてしまう腰を俺に擦りつけながら、快感を楽しんだ。
俺が触れる場所から波紋のように全身を震わせ、佐和は何度も軽い絶頂を迎えていた。そして全身の緊張を解くたびに、赤く光る頬を盛り上げて、俺に笑いかけてくれた。
「すおう、来て」
両手を伸ばして求められて、俺はベッドの上に座り、佐和を求めて熱くたぎる屹立の上に佐和を座るよう促した。
「あっ、あっ。待って、すおう。待って」
俺の肩につかまりながら半分ほど飲み込んだところで、佐和は眉間に力を込め、顎を上げた。
「我慢しないで、いけば?」
軽く突き上げると、佐和はまた小さな絶頂を迎え、身体を震わせた。
「もうっ、いたずらしないで。そんなにたくさんいけないから!」
頬を膨らませて怒る声と裏腹に、骨抜きになるような柔らかくて甘いキスをくれて笑う。
「周防と一緒にいきたいから、優しくして」
佐和は熱くなった手で俺の背を抱き、根元まで俺を受け入れた。
「ああ、気持ちいい」
俺も熱っぽい息を吐いて、佐和を抱いた。
互いの身体が馴染むのを待って、一緒に少しずつつなぎ目を揺らした。佐和は前後にくねらせる妖艶な動きで俺を翻弄し、俺は突き上げて佐和の最奥を穿った。複雑な揺れが声を噛めないほどの快感を生み出し、俺たちの身体を満たす。
「ああ、佐和。愛してる」
「んっ、んっ。すおう。だいすき。あいしてる」
自分たちが一番好きな愛情の味わい方だ。互いの嬌声を聞きながら、高めあい、苦しみあう。耐えきれないときはキスをして舌を絡め、互いをあやしながら、腰を振り続けた。
「ヤバい。いきそうだ」
身体の中に湧き上がる快感が、表面張力いっぱいまで満ちているのを感じる。
「来て。僕も、もう……っ」
その言葉に、俺は一層激しく突き上げ、佐和はさらに膝を開いて、喘ぎながら腰を振った。
薄暗い部屋の中に、粘性のある水音と、切ない喘ぎ声だけが響く。
「佐和っ」
温かくうごめく内壁にうながされ、コップの水が溢れるように射精した。身体が勝手に動いて、幾度も佐和を突き上げる。佐和もその衝撃に声を上げて、全身を強ばらせた。
摩擦熱のように快感が腰を貫き、ほとばしる感覚を楽しみながら、かすむ視界に佐和の絶頂する姿を見た。
佐和は目を閉じ、薄く口を開けて、俺の唾液で濡れた乳首を尖らせ、喉を晒しながら、身体を震わせていた。陰茎からは白濁をあふれさせている。
こんなにも快感を得てくれるなんて。こんなにも無防備な姿を、俺に見せてくれるなんて。
「うれしい」
賢者タイムなんかすっ飛ばして、俺の下腹部には熱く甘い疼きが生まれていた。
ゆっくり目を開けた佐和は、俺の律動が再開したことに刮目する。
「嘘だろ? あっ、やっ、んんっ。ちょっと。ちょっと待って、周防っ」
「ごめん。大好き過ぎて待てない」
佐和を抱きしめ、俺は愛する気持ちのままに身体を揺らした。
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