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【1】ファーストコール……④

 惣太は柏洋大学医学部付属病院の医局に入局して八年目の整形外科医だ。すでに専門医の習得を済ませ、第一線で活躍する三十二歳、オルトの若きエースでもある。骨接合術が得意なため、皆から骨接合の名手と呼ばれていた。  惣太が整形外科医を選んだのには理由があった。  惣太は幼い頃から壊れたものを直すのが大好きだった。得意と言えば聞こえがいいが、壊れたものに対する偏愛が酷く、直したいがために物を徹底的に壊すこともあった。救いようがないほど滅茶苦茶に壊れたものが、自分の手で直っていく様子を眺めていると、この上ない快楽を覚えた。崩壊と再生、物質の存在を掌握しているような快感。確かに変態だろう。だが惣太は変態が世界を救うと思っていた。  医療にしろ技術にしろ、それに傾倒し、心を奪われるほど夢中になっているオタクの奇人が新しい世界を開くのだ。変態で何が悪い。  そんな惣太にとって整形外科医は天職とも言えた。 「タニケットオンして」  バイオクリーンルームに惣太の声が響く。大学病院の中にはハイブリッド手術室や鏡視下手術室などといった特別なオペ室があるが、その中の一つがこの部屋だ。脳や骨が露出する手術ではオペ室内の清潔度が要求されるため、特別な空調設備で中を完全な無菌状態にする換気システムが必要なのだ。そのため脳神経外科や整形外科のオペではこの部屋が使われることが多い。 「損傷した筋肉に引っ張られて、どちらの骨も相当転移してるな。整復する」  ラテックスを嵌めた両手で脛骨をつかむ。整復に時間を掛けてはいけない。患者の体の負担にならないよう、一瞬で直さなければならない。コンマ何秒ほどの力を掛けて瞬時に転移を戻す。 「やっぱ上手ぇなあ。手品見てるみたいだ」  前立ちの林田が声を上げた。 「先生がやると力入れてないように見えますね」  器械出しの看護師も感心した様子で見ている。 「整形外科の先生って林田先生みたいに体格ゴリラな人が多いですけど、高良先生は細身で小柄ですよね。見た目だけだと内科医か小児科医に見えます」 「ゴリラって酷いっすよ、水名さん」  林田はベテラン看護師である水名に文句を言った。その間も惣太の手は止まることなく動いている。オペ室でスタッフが雑談をしているのはオペがスムーズに進んでいる証拠だ。オペの間中、緊迫させた雰囲気を漂わせるのは下手な外科医のすることだ。大事なのは緩急をつけたオペをすることだと惣太は常々思っていた。 「力技で整復しようとする奴はただの藪医者だからな。はい、これで腓骨も整復終了。次、髄内釘、ネイル挿入。固定するからスクリュー頂戴」 「はい」 「あと、そっちはワイヤーと併用でいくから。キルシュナー用意しておいて」  速いスピードで処置を済ませていく。  その間も雑談は続けていた。惣太は水名が言うように見た目が外科医らしくなく、ストレートの茶髪に色白、つぶらな瞳が特徴の美男子だった。小動物のような愛らしい容姿をしていて、年齢も実際より十歳以上若く見えるらしい。本人は自覚していなかったが、実際は仕事ができる上にハートが強く、私生活では口が悪いため、見た目とのギャップがかなりあるようだ。  見た目なんてどうでもいい。  人間に必要なのは美しい骨格だ。  惣太は頭が小さく、手脚がすらりと真っ直ぐで骨格まで美少年なのが密かな自慢だった。

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