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【1】ファーストコール……⑤
「腱縫合用の糸、ナイロン5―0頂戴」
骨の転移を整復・固定し、腱を剥離・縫合した後は神経と血管の吻合に入る。神経は細いため特別な手術用顕微鏡を用いて吻合を行なう。
「次、マイクロサージャリー用の糸用意しておいて」
「針と糸が一体化したもの、マイクロ持針器で十本から用意してあります」
「ありがとう」
それにしても、と思う。
ヤクザなら普通、銃創か刺創だろと。車に轢かれるなんてダサすぎないか。
「この患者、どこの組のヤクザなの? 水名さん知ってる?」
「私もよく分からないんですけど、手術の同意書を取った看護師から聞いた話だと『若頭』とか『坊ちゃん』と呼ばれていたみたいです。どこかの組の御曹司らしいですよ。鋏で切ったスーツもオーダーメイドの高そうなものだったとか」
「サラブレッドヤクザか。面倒だな」
「確かに雰囲気はがっつりヤクザですけど、なんかカッコよくないですか? 刺青はまぁ……あれですけど、顔立ちは端正なイケメンって感じですよ、この人。ちょっとハーフっぽい雰囲気もありますし」
「甘やかされた苦労知らずのお坊ちゃまヤクザなのかもな。言われてみればチンピラにはない品位と色気がある気がするな。骨格も綺麗だし、姿勢もいい」
陰部のピアスは閉口したが、苦しがっている姿にも安っぽい極道のイメージはなかった。ただ単にヘタレなだけかもしれないが。
「この前、ドスで刺されて運ばれてきたヤクザはいかにもな見た目でしたよね」
「ああ、あの顔に傷のあった寸胴の組長ね。水名さん、あのオペに入ったの?」
「うちの病院のヤクザの直介 はいつも私ですよ。他のオペ看が嫌がるので」
「オペ室勤務も大変だね。あ、そろそろ顕鏡 入れて」
「分かりました」
外回りの看護師にもひと声を掛けると、背後で「はい」と返事が聞こえた。
滞りなくオペが進んでいく。
神経と血管を吻合して、ぐちゃぐちゃになっている組織の断端をトリミングする。整形外科の処置はくっつければそれで終わりではない。壊れた人間の体は新たな処置を加えなければ元の状態には戻らないのだ。喪失と再生。ここでやっていることは再構築、そう、作り直すことだ。ある意味、神の領域に手を入れられるのがオルトの真骨頂だ。
――脚はちょっとだけ短くなるかもな。だがそれも数ミリ程度で抑えてやる。
技術のない医者がくっつけた脚は以前のように動かせなくなる。ただの棒をくっつけた状態になれば再手術 になり、最悪の場合、壊死して脱落してしまうことさえある。惣太は全て一発で完璧に再構築させることを信念としていた。
「やっぱり上手いですね。高良先生のオペに入ると自分の介助まで上手いと錯覚してしまいます」
「水名さんの器械出しは最高だから。今日指名したのも俺だし、水名さんの時は器具の確認してないもん」
「またまたー」
オペ室の中はチーム医療の現場でもある。他の医師、麻酔科医や看護師、臨床工学技士などの雰囲気を作るのも執刀医の仕事だ。会話を続けながら手を動かす。ぐちゃぐちゃに壊れた脚は惣太の手で一本の脚になった。混沌からの秩序。人間らしい見た目。
よし、完璧だ。
――今日もヤクザの脚を作り直してやったぜ。
最後の縫合を終え、オペ室にあるデジタル時計の数字を眺めながら、惣太は一人満足した。
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