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【2】セカンドコール……①

「高良先生、特別室の伊武(いぶ)さんがお呼びです」  朝の病棟回診を終えた所で看護師から声を掛けられた。伊武というのは昨日オペしたヤクザの名前だ。 「あれ、さっき診たけど」 「なんかお話があるそうです」  看護師は言いにくそうな顔でそれだけ告げるとすぐにその場からいなくなった。なんだろう。疑問に思いながら外科病棟の最上階にある特別室まで向かった。  ノックしてスライド式のドアを開ける。中に入るとベッドの上に伊武が寝ていて、その傍に子分と思われるヤクザが二人いた。一人はヤクザの期待を裏切らないジャージに金のネックレス姿で名付けるなら子分Aという感じの男だった。もう一人はそれより少し位の高そうな男で、黒いマオカラーのスーツに金色の時計とリムレスの眼鏡をしていた。インテリヤクザといった雰囲気だ。  伊武は病院着のため遠目には患者Aにしか見えないが、肩幅の広さと端正な顔立ちが術後の患者の雰囲気を見事に打ち消していた。看護師の水名が言うように彫りの深い、輪郭のはっきりとしたイケメンのようだ。ベッドの上にいても海外ドラマに出てくる弁護士や検事のような存在感があり、同時にヤクザ的な鋭さや色艶もきちんと持ち合わせている。  単純に絵になる男だなと思った。 「どうかされましたか?」  伊武に声を掛ける。それで朝の回診時と部屋の中が変わっていることに気づいた。ベッドの周囲に色とりどりの花が飾られ、クマや猫のぬいぐるみまで置いてある。ひょうたん型のケースはバイオリンか何かだろうか。周囲に甘い匂いが広がり、生花に囲まれた男はもはや天国にいる様相だ。これが自分なら死んだんじゃないかと思うほどだ。 「田中と松岡、悪いが席を外してくれるか?」  伊武が低い声でそう言うと子分の二人はすぐに部屋を出た。  広い特別室で二人きりになる。他の医師もいた回診時と違い、なんだか気まずい。 「先生が助けてくれたんだな。礼を言う。ありがとう」  伊武は畏まった様子で頭を下げた。 「それが仕事なので。あの、どうかされましたか? 痛みが酷いなら痛み止めの量を調節しますよ」 「先生……」  男にじっと見つめられる。なんの含みもない真っ直ぐな視線とぶつかる。ヤクザのくせにそんな素直な顔をするんだなと思った。 「先生は可愛いな」 「は?」 「本当に可愛い……」 「え?」 「いや――」  男は口元に手を当てるとコホンと咳払いをした。

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