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【2】セカンドコール……③
病棟看護師の情報網はCIAよりも凄い。昨日、入ったばかりの新人ナースが各医師の年収や家族構成、後期研修医が二股を掛けているといった情報や、他科のドクターの性癖まで知っていたりするから恐ろしい。そのせいか、わずか数日でサラブレッドヤクザの情報が病棟の隅々まで行き渡っていた。
男の名前は伊武征一郎 。関東最大の組織暴力団・三郷会 系伊武組の組長の息子であり、その若頭を務めながら、同時に伊武組の直系二次団体である誠心会の組長をしているという。惣太からすれば大手ヤクザの御曹司が若頭のポジションに甘んじつつ別団体に天下って組長をやっているというイメージだったが、ヤクザの中では正統派のエリートらしい。
噂をしている看護師たちは口々に「血筋がいい」と言っていた。
――アホか。
ヤクザに血筋のよさがあってたまるか。
確かに裏社会の経済を牛耳り、実業家としての側面を持つ正統派の極道なのかもしれないが、ヤクザが法律の及ばない国家の暗部を守り、武士道のような正義を貫いていたのは百年も前の話だ。現在のヤクザと言えばオレオレ詐欺や違法賭博、風俗経営や闇金融などで儲けている、ロクでもない組織であることは間違いないだろう。
――真面目に働け。
惣太はどこか浮世離れした雰囲気のある伊武に対して、口にこそ出さないが心の中でそう思っていた。
外科病棟の特別室へ向かうと入口に眼鏡のインテリヤクザが立っていた。男は惣太に気づくと一礼し、扉を開けてくれた。
「調子はいかがですか? 痛みやその他の不具合はありませんか?」
術後五日目の伊武は顔色もよく問題はなさそうだったが、なぜかベッドの上で難しい顔をしている。ここ数日、伊武から先生先生と甘えられていたが惣太は適当にスルーしていた。特別室の患者だからといって特別扱いするつもりはない。患者は皆、平等だ。個室の料金で対応に差をつけたりはしない。
病棟の看護師が入力した看護記録をパソコンで確認しながら応対をする。今日はオペのない日で、午前の外来を済ませた後は病棟の患者のケアと次のオペを控えた患者に対するムンテラをこなせばいいだけだった。
「今朝の検査の結果も問題ないですし、合併症の兆候も見られませんね。食事も取れているようですし、経過はいいでしょう」
「先生の顔色は良くないな。疲れているように見える」
「大丈夫ですよ。いつも大体、こんな感じです」
「先生は忙しすぎる……」
「なんですか?」
「俺も、先生のことを調べた」
「は?」
伊武は自前のタブレットを開くと、おもむろに画面を覗き込んだ。右手を顎に当て、何やら考える仕草をしている。ちょうど立場が逆転するような形だった。
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