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第6話
どこまでも続く海。その向こうに、噴煙を上げる島が見える。火山が噴火しているのか。
石だらけの海岸から、それを眺めている金髪の少年。十二、三といったところだろうか。
「エトナ兄ちゃん」
そう呼ばれて、少年が振り返る。あどけない、子供らしさの残った顔。翠色の瞳。その少年が琥珀だ、と俺にはわかった。風に吹かれる髪が彼と同じ、琥珀色をしている。
これは夢だ。
小さなころの琥珀。それに向かって駆けていく、もうひとりの金髪の少年。五、六歳くらいか。あれが琥珀の弟だろう。
「アミアータ」
琥珀は嬉しそうに、振り返って彼を抱き上げた。やさしい、俺を見るときのような顔をしている。
やっぱりこの男は、俺に弟を見ているのだ。もちろんそんなことは、前からわかっていたことだけれど。
「兄ちゃん、中等学校の入学試験で、一番になったんだね。お母さんが自慢していたよ」
抱き上げられたアミアータと呼ばれた少年が、琥珀に言った。
琥珀はその頬を彼に寄せながら、照れくさそうに微笑んでいる。
「まあ、勉強は好きだから」
「兄ちゃんはすごいね! きっと、居留地で一番になって、<白き氷の国>の大学の留学生に選ばれるね!」
琥珀は嬉しそうな顔をした。
「本当にそうなれるように頑張るよ。俺はここから出て、世界を見てやる。それでもう、俺たちがこんなところに押し込められて生きていかなくてもいい方法を探すから」
「うん。兄ちゃんの夢が叶うように、僕も応援するね。お父さんの手伝いは僕がするから、兄ちゃんはたくさん勉強して」
琥珀は少年を強く抱きしめた。
「ありがとな!」
「でもちょっと寂しいね。兄ちゃんが留学しちゃったら」
「大丈夫、俺はこの世界をもっといいところにする力をつけて、すぐにおまえと、父さんと母さんを迎えに来るさ」
「うん、待ってる!」
兄弟は笑い合った。カモメが鳴いて、ふたりの上を越えていく。
濡れた感触がして、俺は目を覚ました。
(涙……)
自分の額が濡れている。そして、そこに琥珀の頬が押しつけられていることに気がついた。
俺は琥珀の頬に触れた。
指先が濡れる。
琥珀が眠りながら泣いているのだ。
「……アミアータ」
わずかに動いた彼の唇が、先ほど夢に出てきた少年の名前の形に動いたのを見て、俺は落ち着かない気持ちになった。どうしても彼が自分と同じ夢を見ているような気がした。
あのあと、どうなったのか。俺はその先は見られないが、<光の一族>に連れていかれたとこの男は言っていた。
「かわいそうな琥珀」
それは、俺の唇に自然に湧きあがった言葉だった。失った弟の夢を見て泣きながら眠っている、かわいそうな琥珀。
俺は、そっと彼の頭を自分の胸に抱き込んで、その瞼に口づけた。
こうしたら、元気になるとあいつが言っていた。
楔。
あの気味の悪い屋敷に、ひとり残された目の見えないあの友達。
おいていったことに胸が痛む。俺があいつを殺して、彼はひとりでどうなったんだろう。
初めての友達を見捨てた自分。
せめて今度は、腕の中にいる仲間だけでも守りたかった。
琥珀がよく眠れますように。
俺はもう一度強く彼を抱きしめて、なんとか眠ろうと目を閉じた。
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