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第5話
大きな銀色の月が空に浮かんでいる。満月だろうか。
寝る前にらくだに結びつけていた荷物を解いて何往復かしていると、風に乗ってひとの声が聞こえてきて、俺は耳をそばだてた。
悲鳴のようにも聞こえる。そんなに離れたところには誰もいないはずだけれど、大丈夫だろうか?
大変なことなら、琥珀を呼んだ方がいいのだろう。自分の手に負えなければすぐに引き返そうと心に決めて、俺は声のする方に行った。
そこで耳にした音に、俺は思わず足を止めた。
「ん、ベルデ……、や、ぁ、ねえ、─、──…ッ」
「──、ああ、イラス、──!」
「──ん、なッ、──、んッ」
荒々しい呼吸と衣擦れの間に繰り返される小さな悲鳴は、俺にも聞き覚えのあるものだった。<火の一族>の言葉だから意味はわからないけど、あいつの屋敷で、俺が一晩中上げさせられたあの声に似て──。
「や、──、だろッ、ベルデ、──なんて……」
「イラス、──」
「ベルデ…ぇ」
イラスの高い声が耳につく。ベルデだ。ベルデの名前を何度も呼んでいる。
やがてひときわ高い悲鳴があがって、ふたりの呼吸だけになった。ささやくような言葉が交わされて、身支度をしている音がした。そしてひとりぶんの足音が聞こえて、静かになった。
俺は唾を飲み込んで、硬直していた拳をそっと解放した。少しずつ、手が動かせるようになった。
まだその場所からは、ひとりぶんの荒い呼吸が聞こえている。
俺はそっとそちらに向かった。
「イラス」
俺が声をかけると、大地に横たわっていた人影がゆっくりとした動きで俺の方を見る。大丈夫だろうか?
動きは緩慢で、痛いところをかばっているような感じだ。俺もあいつのところでやっていたからわかる。終わったあと、あの変な茶を飲まない日はかなり痛いんだ。
俺はそばにしゃがみこんで、彼の顔を覗き込む。
「ねえ、イラス。もしかして、ベルデにいじめられてるの? 大丈夫?」
彼の髪も衣服もすっかり乱れている。俺が尋ねると、彼は呼吸を整えながら微笑んだ。
「違うよ、大丈夫」
「本当? 俺、ここに来る前にこういう仕事してたんだ。でも本当はいやだったから」
イラスは少し目を瞠って、それから俺の頭を撫でた。
「灰簾、きみはやさしい子だね」
褒められてくすぐったい気持ちになった。でも、イラスの顔色もよくないし、つらそうだった。
「本当に大丈夫?」
俺がもう一度尋ねると、イラスはうなずいた。
「ほら、僕たちの一族は、女のひとが少ないだろ? だから、結婚していないひとは、友達とこういう練習をして結婚の準備をするんだよ。いやなひと同士とはしない。お互い気が合って、もっと仲良くしたいなって思う大切な友達とする。大切な友達とだから、いやじゃないんだよ」
そう言われて、俺は船の中で琥珀に言われたことを思い出した。
「そうだ、琥珀もそう言ってた。大切なひととするって」
イラスは微笑んだ。
「エトナさまも、そうおっしゃってたんだね」
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