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幕間・大学にて 2
「ああ、<大学>だ!」
灰簾が嬉しそうにニオスを連れて建物の方に駆けていく。三日三晩、滝や岩を上って氷河を越えてきたとは思えない元気っぷりだ。今回は調子がよくて何よりだった。
よく滑る氷河地帯を抜け今度は延々と下り、森林限界に戻ってきたあたりで、大学が現れる。
こんなところまで誰が建築材を運んだのだろうと不思議にしか思えない、石造りの巨大な建物だ。
もちろん、あるのは大学だけではない。大学の生活を支えるために、市場や食堂などもあり、今まで通ってきた過酷な自然が嘘のように、普通の街だ。もともとは<水の一族>が多く住む土地だったようだが、今は各地から色々な人間が集まっている。
留学生か研究者だが、一見して<火の一族>とわかる人間の姿が見られるのも、居留地以外では珍しい。それ以外の場所に比べると、出自で理不尽な扱いを受けることが少ないからだ。
そんなわけで、俺も灰簾たちが先に行っても、さほど心配はしなかった。
「エトナ、帰ってきたんだな」
通りすがりの本を抱えた男に声をかけられる。昔の同級生だ。ここで研究を続けているのだった。
「元気でやってるか?」
「まあまあかな」
「そういえば、エトナは石の大陸から来たか?」
「最近は行ってないが、昔」
灰簾と出会った時のことを思い出しながら、俺は聞いた。アルバイトをしているつもりが灰簾と一緒に色々やらかしたので、積極的に戻りたくはない大陸だ。
「変な噂があってな。西の金剛の町が消えてしまったらしくて。知ってるか?」
俺は首を振る。
「なんだそれ?」
「いや、俺も噂を聞いただけなんだが……」
立ち止まって話を聞いていると、しばらくして兵士に連れられて灰簾とニオスがやってきた。
「あ、あの人が保護者です」
灰簾が兵士に説明している。
「灰簾、どうしたんだ?」
「立ち入り禁止区域に入ろうとした」
兵士の説明に、俺はびっくりして灰簾を見た。そんな軽率な行動は、彼にしては珍しい。
「あの、わざとじゃないんです。この本で見たのと同じ虫がいて、追いかけてたら入ってしまって」
灰簾がそんなことを言う。俺はため息をついた。<大学>だからいいが、ここ以外の街でそんなことをやったら、どんな目に遭わされるかわかったものではない。灰簾は、そのくらいのことはわかっていると思っていたが。
「すみません。ちゃんと指導しておきます」
俺はそう言いながら、兵士の手に小銭を握らせた。兵士は「きちんと指導するように」とだけ述べて去っていく。
「……すみません」
灰簾が上目遣いで俺を見ながら謝ってきた。灰簾についていっただけで、状況がよくわかっていないらしいニオスも頭を下げている。
「どうしたんだ、灰簾。こんなこと今までなかっただろ?」
「ごめんなさい」
今にも泣きそうなその顔に、俺は罪悪感に襲われた。彼だって、子供っぽいことをしたい時はあるだろう。
いいと言ってやりたいところだが、彼自身の安全のためだ。
「もうするなよ」
「はい」
灰簾はうつむいて頷いた。
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