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第3話
<石の一族>の名前だ。それを聞いて、俺はそれ以上聞くのをやめることにする。
いずれにしても、俺たちに関係あることではなかった。
この子がどこに行くつもりなのかわからないけれど、ただの通りすがりの関係だし。
男がじっと俺の顔を見ているのに気づいて、俺は彼が自分が名乗るのを待っていることに気づく。
「あ、おれ、は」
彼は微笑む。
「灰簾?」
その声を聞いて、一瞬でつないでいた琥珀の手がこわばった。なぜこの男は俺の名前を知っているのだろう。
俺は警戒して彼の藍色の眼差しを覗き込む。
「そんなに緊張しないで。きみは、きれいな灰簾色の目をしていたから、そうかなって」
彼は、俺の目の色を見てそう思ったのか。俺はほっとして少し微笑んだ。
彼はやさしそうな眼差しで俺を見ている。初対面なのに少し、親しすぎる感じがする。
琥珀もそんなふうに俺を見ることがあるけど、このひとはまた違う。
少しドキドキして目をそらした俺は視線を腕の中の少女にやると、疲れていたのだろう、彼女は目元を濡らしながらも眠り始めていた。
「灰簾。きみは、どこから来たの?」
俺はまた戸惑った。余計な話をするのはよくない。
「えっと、色々旅しています。<黒き石の大陸>とか、<赤き海の大陸>の砂漠とか、<大学>とか」
「そうか。そのひとと?」
彼はちらりと琥珀を見た。琥珀は小さく会釈する。
「はい。俺の仲間です」
「そうか。幸せかい?」
幸せ? 俺は言われた言葉を噛みくだいた。幸せって、どんな感じなんだろう?
「わかりません。でも俺は、琥珀と一緒に旅ができて嬉しいです」
琥珀が小さく苦笑した。
「そんな、いいもんじゃないだろ」
「まったくあなたはもう。俺の言うことをいつも信じませんね」
俺が詰るように彼に自分の肩を彼の胸にぶつけると、琥珀はその頬を俺の頭に乗せた。くすぐったい。
そのまま顔をずらして自分の唇で彼の唇をふさぎたいという衝動に駆られる。もちろん、周りに他のひとがいるときはしないけど。
「そのひとは、きみの大切なひとなんだね」
「はい」
「灰簾は、もし他にも大切なひとがいて、どちらかを幸せにしたらもうひとりが不幸になるとしたら、どうする?」
俺は、少し首をかしげた。
「あなたの話ですか?」
「ああ、賢い子だね。そうだよ、僕の話だ」
「俺は、琥珀以外のことはどうでもいいです」
俺はふと、イラスのことを思い出した。もちろん、そうでないひとだって、不幸になってほしいわけではないけど。
彼は俺をじっと見ている。
「あの、だって、どうしようもないですよね。他のひとだって、不幸になってほしいわけではないですけど」
その深い青い瞳に見つめられて、俺は言い訳のように言った。
「そうだね」
彼は物憂げな長いため息をつきながら、そう言った。
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