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2章 第1話
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「あ……、やめ、…ん、なぁ……!」
全裸の琥珀が俺の下で、喘いでいる。
彼の胸元と腕には、炎を形取った入れ墨が一面に入っていて、彼の胸が上下するごとに、生き物のように細かく動いていた。
俺はそれに惹かれて、両手でそれを撫でると、彼の胸はさらに細かく上下する。
「ああ……、もっと…!」
自分の下半身にも彼の震えが伝わってきて、俺は身震いした。
彼の下半身は俺の下半身と隙間なく接していた。
夢だ。俺には確信があった。だって、琥珀がこんな、うっとりと蕩けるような顔をして俺の下にいるなんて、そんなところ、見たことがない。
俺は琥珀のいろんな顔を知ってる。大人ぶって、俺の面倒をみるところ、やさしそうに俺を見る顔、つらそうにしているところ。だけど、こんなふうに余裕なさげに、あられもなく何かを請うている姿なんて。
心臓がドキドキして苦しい。俺は、めちゃくちゃ興奮していた。
「ああ、ああ!」
琥珀の声と一緒に、俺の声も上がっていく。
本当は、どんな感じか俺は知らない。俺はあいつのところでは、こんなふうにあいつの欲望を受け止めていたけれど、自分の欲望を受け止められることは経験したことがなかった。でも夢だからか、俺の下半身は迷いなく、琥珀の下半身をえぐっている。それに応じて、琥珀の声が大きくなっていた。
「ああ……」
うっすらと涙のにじむ翠の瞳が、俺を見上げる。
琥珀。
わからない。なんて言えばいいんだろう。私はあなたを……。
その言葉を俺が思い出す前に、夢の中の俺から、言葉がこぼれ落ちていた。
「ああ、俺の炎を、おまえのために消したいよ。エトナ」
上気している琥珀の頬がさらに赤くなる。
「ばか……」
待って。これは俺じゃない。俺はその名前では彼を呼ばない。
俺は少し我に返った。琥珀をとらえていた自分の腕の内側に、琥珀の体の所々で見たのと同じ炎の入れ墨があるのに気づく。
俺は誰かになって夢を見ている。
あたりまえだ。俺は今まで琥珀の夢をたくさん見てきたけれど、一度だって、俺自身だったことはなかった。
琥珀の見る夢はいつも過去。そうだ。気づいて見れば琥珀の顔立ちだって今よりいくらか少年めいている。
琥珀の喉から、ひときわ大きな声が絞り出された。
「そんな、こと言うな、あ……っ…、メルー!」
そうして俺は、目を覚ました。
俺が目を覚ますと、隣で寝ていた琥珀もちょうど今起きたところのようだった。
外からは光が漏れていて、もうそんなに、早い時間でもなさそうだ。昨日泣いていた少女は馬車を降りたのか、残っているのは俺たちだけだった。
「おはよう、ございます」
俺が抱きしめていたのだからあたりまえだが、すぐ近くにいた琥珀と目が合って、俺は慌てて体を起こすと挨拶をする。
「あ、……いや、おはよう」
ゆったりと身を起こした琥珀が少し、恥じらったような気配がした。また俺は、彼と同じ夢を見ていたのだろう。
それで、俺はさっきまで見ていた夢を思い出して、とても恥ずかしくなってしまう。
まるで生き物のように琥珀の肌の上をうごめいていた入れ墨。それに合わせた甘い吐息。
一気に夢の中の感覚が蘇ってきて、俺は琥珀を見られない。
「あの、も、もう着きますか?」
「あー、そうだな。もうすぐだと思う」
琥珀の手が、彼の襟足の髪を持ち上げた。旅の間に伸びてしまう髪をまとめているのはわかっているのだが、昨日の夢ではその首筋に赤い痕があったのを思い出す。見ないようにと思っていたのに、俺はつい視線を止めてしまった。
夢と同じ場所に同じ痕をつけたいという衝動に駆られて、琥珀に手を伸ばす。
「どうした?」
俺に肩をつかまえられた琥珀が、不思議そうに俺を見上げた。そうだ、やっぱり俺の方が視線が高くなっている。
もしかしたらもう、俺の方が力が強いんじゃないか。だからこのまま、夢の中みたいに俺が彼を組み敷いて──。
そのときだった。
「<居留地>に着きましたよ」
御者の声と共に、幌がずらされる。俺は慌てて、琥珀から離れた。
あれは夢だ。夢じゃなかったとしても、俺じゃなかった。
俺は急いで、馬車から飛び降りた。
「待て、灰簾。周囲を警戒せずに降りるんじゃない」
琥珀の声が追ってくる。だけど俺はもう、すでに事故を起こしそうになったあとだった。
「おっと」
飛び降りた俺の前に、誰かがちょうど歩いていたらしい。俺は、知らないひとの胸に飛び込んでしまいそうになっていた。
俺がギリギリで自分の体を躱すと、そのひとが明るい声を上げた。
「久しぶりだなあ!」
琥珀に似た、明るい髪色の男のひと。猫のように茶色い瞳が大きく見開いている。
一瞬、俺はなんのことか混乱する。<居留地>で俺に、久しぶりだなんて言う人間がいるだろうか。
それから、俺の後ろからゆっくり馬車を降りてくる、琥珀に向けられたものだと思い至る。
俺の後ろから、琥珀の落ち着いた声がした。
「久しぶり、メルー」
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