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第2話
メルーは、<居留地>で雑貨屋をやっていた。親しげに肩を組む彼と琥珀のあとに着いて、俺は雑貨が雑多に並んでいる彼の店の中に入る。他には誰もいなかった。
「ほら、坊やの身分証」
彼は鍵のかかった引き出しから、きらきらしたカードを取り出して、俺に渡した。
「もらっていいんですか?」
「エトナに作ってくれって言われたからね」
渡されたそのカードの表面は触れると少しぼこぼこしていて、日の入ってくる方向に透かすと、藤色の石の絵が描いてあって美しく光った。
「きれいですね」
「灰簾石だよ。見たことあるか?」
琥珀にそう言われて、俺は初めて気づく。自分はもう長くこの名前で呼ばれているのに、見たのは初めてだった。
「これが灰簾石ですか?」
「そう。おまえの目の色と同じだ」
彼はそう言うと、俺の前髪をかきあげて、嬉しそうに眺めた。
自分の目の色なんて見る機会はそんなにないから、不思議な気がする。
「琥珀は?」
俺が尋ねると、琥珀は財布から自分のカードを取り出した。
蜂蜜のような、光を通してきらきらと輝き、でもとろとろとした艶っぽさのある丸みを帯びた石の絵が書かれている。思わず触れたくなって、表面を撫でるとつるりとした感触がある。琥珀の髪と同じ色。
「きれいです」
俺はそれをうっとりと眺めた。琥珀は肩をすくめる。
しばらく眺めてから、俺はふと気になって琥珀に尋ねた。
「これは、<石の一族>の身分証ですよね?」
「ああ」
「他のひとたちにも、あるんですか?」
「俺たち以外にはある。光のやつらは会ったことがないから知らないけど」
俺たち。
その言葉が誰を指すかを考えて、俺は尋ねた。
「<火の一族>は持っていないんですか?」
「いらないからな。<居留地>の人間はずっとここにいるし、<純血>の人間はさすらっているだけだから」
「じゃあ仕事とか、留学とか、外に行くことはないんですか?」
俺は、琥珀が<白き氷の国>の大学にいたのを知っていたので、彼に聞いた。彼はその話をきちんと俺にしたことはないが、でも大学には連れていってくれることがあるから、俺がわかっていないとは思っていないだろう。
「なくはないけど。そういうときは旅行許可証が出るからそれを持ってるんだ。自由には行き来できない。だから、それもあんまり人目につくところで出すなよ。盗まれると面倒だ」
「はい」
俺は慌てて、マントの内側のポケットにしまった。
「随分、お気に入りだなあ」
メルーが意味ありげに、俺を見ながら言った。
「そういうんじゃない」
琥珀が言い返すと、メルーはさっき琥珀が俺にしたように、琥珀の前髪をかきあげる。
それを見て、俺はいやな気持ちになった。そんなふうに、琥珀に触れるひとなんて、今まで見たことがなかった。
「メルー、やめろって」
そう言いながらも、琥珀の表情はやわらかい。過去に、そんなことを日常的にやってきたのを思わせる、慣れた表情だった。
俺はなんだか、落ち込んだ気持ちになる。
琥珀に距離が近いひとは、みんな嫌いだ。
本当に自分の心が狭くていやになるのだけれど、ずっとそうだ。
不満に思いながらふたりを見ていると、目の前にのばされたメルーの腕にふと目がとまる。彼は、長袖を折り曲げて上衣を着ていた。室内が少し、外に比べて温かいからだろう。
「それ……」
俺は思わず、メルーのむき出しの腕の内側に触れそうになる。今朝、夢で自分の腕にあったのと同じ、入れ墨だった。
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