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第6話

 俺の言葉にため息をついて、琥珀が続ける。 「灰簾、おまえは親を探してただろ。もしおまえが火の一族の試練を受けたら、おまえの親が、何も知らずにおまえを殺してしまうかもしれないんだ」  親。  そんなものを探していたころもあった。もうずっと会わなかったから、探していたことなんてここ数年ですっかり忘れていたけれど。 「琥珀。あなたは全然わかってないんです。俺は、親のことなんてどうでもいい。俺はあなたが大切で、あなたをずっと、守りたいんです」  琥珀の顔は悲しそうだった。そんな顔を、させたいわけじゃないのに。  俺は思わず手を伸ばして、彼を追いつめる。彼は後ろに下がって、自分の背後に寝台があることに気づいたようだ。  彼をしばらく眺めてから、俺はそっと彼の頬を撫でる。困ったような顔。やっぱり、俺より少し視線が下だった。  俺は目を閉じて、彼の唇にそっと、自分の唇を触れさせる。彼は抵抗しなかった。 「お願いです。俺をあなたの味方でいさせて……」  目を開けるとすぐ近くに、彼の透きとおった翠の瞳。 「灰簾。火の一族になることで、おまえはたくさんのものを失うよ。おまえは生まれたときから奪われてきたのに、また奪われることになる。自由や尊厳や、たくさんのものを。それでも俺は、おまえにその代わりのものを与えることができない」  知っている。琥珀は俺のことを一番にはできない。  彼が俺に自由を与えようとするのは、それ以外のものを俺に与えることができないと思っているから。 「わかっています。俺はあなたの一番大切なものにはならない。それでいいんです」  俺はそう言ったけれど、彼は納得がいかないようだ。 「ねえ、琥珀。俺はあなたからたくさんのものをもうもらったんです」  そうだ。俺に何かくれた人間なんて、琥珀ぐらいしかいない。あの男を殺したナイフとか、あの酸っぱい果実とか、見知らぬ大陸での生活とか、やさしい眼差しとか、隣に誰かが寝ている安心感とか。  もしかしたら大半は、俺じゃなくて彼の弟が受け取るべきものだったかもしれないけど。  琥珀は小さく首を振る。たぶん彼も、それは俺宛てじゃなかったと感じているんだ。  俺宛てじゃなくても、俺は幸せだったのに。 「それでもあなたが俺に何も与えていないと思っているなら、俺と<練習>してください」 「何言ってるんだ」  そう言う琥珀の声がかすれている。わかってる。<練習>するのは、火の一族だけだし、そもそも女の子と結婚しない人間にはいらないことだ。俺は別にベルデや琥珀みたいに偉くもないし、そんな予定はなかった。でも、俺はどうしても琥珀としたかった。 「メルーは、あなたの練習相手でしょう?」  琥珀はため息をついた。 「おまえはほんとにすぐ気づくな。昔の話だよ」

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