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第10話
ひとつひとつ、俺の侵入にためらう肉体をひらいていくのは想像以上に快感だった。
こうして奪う側になってみると、自分から奪っていった男の気持ちがよくわかる。
誰かが自分を求めるときの、その浅ましい表情。その者のすべてを自分がコントロールしていると思うときの快感。自分が渡したいときにだけ、快楽を渡せるという優越。自分がまるで神にでもなったかのようだった。
それから自分から奪うのをいやがる琥珀の気持ちも。
彼は俺からこんな気分になる自分が許せないのだ。琥珀はやさしいから。
そう思うと、自嘲の笑みが自然と浮かぶ。俺は彼みたいに、そんな甘い感情は持ち合わせていない。
普段保護者めいた態度を取る琥珀が、自分の下で小さな子供のように身を震わせ、喘ぎ、自分の一挙一動に反応している。
それだけで、どれだけの興奮があるか。
俺は琥珀を一瞬だけ手に入れて、それを知った。
ひとときの支配は悦びだ。
それでも朝になると、花は散り散りになってしまい、すぐに俺のものではなくなるのだけれど。
俺はやっぱりその夜も、琥珀の夢を見た。
不思議とそれが彼の夢なのだと、俺にはまたわかった。俺は、自分が彼の夢に出てきているのを見るのは初めてだった。
「安心するんだ。おまえのそばにいると」
彼はまだ子供のままの俺を、床の上で抱きしめていた。
ああ、これは、彼と初めて船から下りて、この大陸の隅に下りたころ。
あの<灰>の屋敷に匿われた日のことだった。あの日も俺は怖いと言って、彼は寝台で眠れない俺につきあってくれたのだった。
「俺も、安心します」
そうだ、彼が俺に、安心とはどういうものなのか教えてくれた。
やっぱりあなたは俺に、何もかもくれたじゃないか。
あのときの望みは、今もまったく変わっていなかった。琥珀。
この温かさをできるだけ長く手にしていたい──。
夜の途中で一度、俺は目を覚ました。
自分を守るように後ろから抱きかかえられていることに気がついて苦笑する。腕の中で振り返ると、琥珀のまぶたにかかった前髪をかきあげた。ほんのりと月明かりに照らされた、琥珀色の髪。
相変わらず、保護者みたいな顔をして眠っている。
『奪う者も、奪われる者も、すべては等しいからである』
かつて彼と過ごした砂漠で語られた、天地創造の物語を思い出した。今の俺は、少しは<火の一族>の言葉がわかる。
「『奪う者も奪われる者も』」
その言葉を噛みしめながら、指先で琥珀の額から唇までをたどる。
「……『すべては等しい』」
指先から低い声がして、琥珀が目を覚ましたのに気がついた。
俺は指をすべらせて、琥珀の唇を撫でる。
「おはようございます」
琥珀は当てられた指に小さく唇を落とすと、そのままその手首をとって俺を引きよせ、子供のころのように俺の額に唇を落とした。
「おはよう」
俺は苦笑してしまう。このひとはやっぱり、起きても保護者みたいな態度だ。
俺が少し強引に唇に唇を落とすと、琥珀はそれに応えて舌を絡めた。強く抱きしめられる。
「灰簾、俺は本当は」
ためらうように言葉を止めて、琥珀は俺の瞳を覗き込む。
琥珀の指が俺の頬の、何年も前に傷ついた傷跡をやさしく撫でた。
「俺は本当は、おまえから奪いたくも奪われたくもないんだ。何もできないけど、俺は、おまえに与えたいんだよ」
不思議な感情が湧き上がった。熱くて、鈍い痛み。まるで堰を切った水流があふれ出したときのような。嬉しい? 悲しい? 苦しい? 違う。
「琥珀、愛しています」
あなたのために、私の炎を消したい。
俺には炎はなかったけれど、このときやっと、その意味がわかった。自分が持っているものを、そのひとのためならすべてなげうっていいと思うひと。それが愛しているということなんだ。
俺は、自由なんかいらない。それより琥珀の味方でいたい。
それが、愛しているっていうことなんだ。
呪いだと、イラスは言った。
なんていう呪いだろう。そんなふうに考えていたら、いつか死んでしまうかもしれない。それでも、それしか考えられない。
俺の言葉に、琥珀は苦笑したようだった。
「それとも、あなたの本当の名前の方がいいですか?」
俺の問いに、彼は小さく首を振る。
「灰簾。おまえには、その名前で呼んでほしい。俺が、なんでもないときの」
彼がそう言うのを聞いて、俺は、彼の気持ちを理解する。
彼はいつも、<抵抗する者>のエトナであることが怖いのだ。
彼は何度も、俺は自由なんだと言った。<火の一族>になる必要などはないと。彼は、本当は自分が自由になりたいのだ。なんでもない、ただの雇われ用心棒になっていたいのだと思う。
そんなころの彼を知っているのは、もうここでは俺だけだから。
「琥珀、だいすき」
琥珀は、子供のころの俺によく見せていた、やさしいだけの笑顔を見せる。
俺たちはこの瞬間、まるで出会ったときのように、なんでもない用心棒と、なんにもない捨て子のままだった。
それは全部偽りだったけど。
それでも彼が一瞬でも、そんなころの彼に戻れるのなら。
それは俺が彼に与えられる、数少ないもののひとつだった。
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