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第2話
試練の島に向かう小さな舟の出る港の端。そこでぼんやり、<居留地>に灯るランタンを眺めながら座っている俺に、メルーが声をかけてきた。
「いいえ」
彼はそのまま俺の隣にいる琥珀の肩を抱こうとしてくる。俺はやっぱり琥珀と距離の近いメルーを遮るように、彼に近づく。
琥珀があんまり彼との距離が近いのを気にしていないようなのが、俺は不満だ。
「メルー。俺が帰ってきたら、もう坊やって呼ばないでくださいね。大人ですから」
「はいはい」
「あと琥珀。俺以外とあんまりベタベタしないでください」
「ベタベタ……?」
琥珀は不思議そうに俺を見た。彼は、親しい人間にはどうにも隙がありすぎる。
「琥珀。俺はあなたを愛しています。俺以外の人間に気安く触られないで」
俺はそう言うと、その場で琥珀に抱きついた。その頬に唇を触れさせる。それから、メルーをできる限り冷たい眼差しで見る。
琥珀は苦笑した。
「何言ってるんだか。メルーと練習してたのは、昔の話だって言っただろ」
練習じゃなくても、肩も触らせないでほしい。そう思ったけれど、そこまで言うのは言い過ぎな気がして、俺は黙って琥珀を見つめた。
彼はやさしく俺を見て、昔のように自分の額を俺の額に当ててくる。今までそうやってずっと琥珀と過ごしてきた日々が、愛おしくて俺は泣きそうになる。
「琥珀、好きです」
彼は俺の頭を撫でた。
「なあ灰簾、俺は少し心配してる。おまえの気持ちはもうわかってるから、今日行くのを止めはしないよ。だけど、心配はさせてくれ」
正直言うと、俺もちょっと心配は心配だった。居留地の<火の一族>ならみんなやることなんだとは聞いたけど、失敗して帰ってこない子供はいることはいるようだし。だって、夜ひとりで暗い中火口を歩いて落ちることや、火山の活動が活性化することくらいあるだろう。
「ありがとう、ございます……」
琥珀の顔が近づいて、俺は目を閉じた。唇がふさがれる。
ああ、琥珀。好きだ……。
「うっわあっま!」
隣でメルーが、うるさい声を上げる。俺は名残惜しく琥珀の唇を舐めてから、しぶしぶ目を開けた。
「邪魔しないでください、メルー」
メルーは俺に対して肩をすくめて、琥珀を見た。
「なあエトナ。そんなに誰かに入れ込んで、おまえは本当に大丈夫なのか?」
それを聞くと、俺はドキリとする。琥珀は俺のものじゃない。<火の一族>のみんなのものだ。
それは俺だってわかってる。こんなふうに独占するふりができるのは、ほんの一瞬のことだって。
「大丈夫。灰簾は、足手まといにはならないよ」
彼はそう言って、俺の肩を抱きよせた。
そう言ってもらえるのが嬉しくて、俺は琥珀の肩に頭を乗せる。
彼の体は昔と同じで温かくて、俺は安心する。
このぬくもりを、すぐに遠くに手放してしまうことになることも、このときの俺はまだ、知らなかったから。
宵闇が降りてきて、俺は、船頭のおじさんのふたりきりで、<試練の島>にたどり着いた。
「明日の朝、またここに迎えにくるからな」
俺は、遠くなっていく舟の灯りを見た。舟に乗っていたのは、二十分くらいだろうか。<居留地>の灯りもさほど遠くないところに見える。夜の海に、きらきらと輝いて反射していた。海の中で輝いて揺れている灯りは、この試練に参加している他の少年たちだろう。
港で見た、今日の試練に参加する少年は全部で十人くらい。俺より、年下に見える少年が多かった。
俺がおびえてはいられない。
俺は、海を眺めるのをやめて、火山の方を見る。だらだらしている暇はなかった。
俺は、山の麓から山頂を目指して登り始めた。
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